2011/12/21

2011年12月19日の日記。


2011年12月19日の日記。

今日は早く寝よう。

明日はロンドンで編集プロダクションを立ち上げた社長とランチ。
3年分のブログを読んでだいたいの性格など把握したつもり。(やはり書き物がお好きみたいでけっこう膨大な量に驚いたが、割とスラッと読めた。
でもまだどんな形で話を持って行くか、ということはまだ詰め切れていないので、
明日の朝!やりましょう!!>俺

集中力ぶった切れてもうあれです。だめ。笑

でも明日はケニア以来の大学の先生とSkype。
かなり鋭い指摘をくれるので話していてとても楽しい。
どんなことを話そうか。
とりあえず、最近あったことの共有かな。
先生と話してれば勝手に論点は生まれてくるから、それを楽しみにするとしようー。

それでは、おやすみ。

NOMAD project


今日はここ最近あった、衝撃的な出会いについて書こうと思います。

同じ旅行者の友人から「面白い人に出会ったよ」という連絡をもらいました。
どうやら同時期にロンドンに居るらしく、せっかくなので会いましょうという連絡をしました。

彼は僕と同じ22歳で世界一周の旅行者ですが、
今まで出会ってきた旅行者の誰とも違うのは彼のスタイル。
彼は各国の起業家に出会い、自分のアイディアを披露し
文字通り世界を巻き込んだビジネスを展開しようとしていました。

彼は魅力的な人で、話の組み立て方が上手く、
振る舞い方も立派で聞けば聞くほど、面白さがにじみ出る感じでした。

後日、起業家の集まるパーティにも彼に誘ってもらい、
周りの人たちと話しながら横目で彼の振る舞いを見ていました。
彼は得意の英語とアイディアを武器に、ITメディアとして有名なtechcrunchの創業者のところへ切り込んで行きます。
その姿をとてもかっこいいと思いました。同じ年齢とは思えない。

話したのはたった3時間程度でしたが、そんな彼から学ばせてもらうことは多いと思い、
彼のやっているプロジェクトを手伝うことになりました。
旅立ってから約7ヶ月、4度目くらいのキーパーソンとの出会いだったのだと既に確信しています。


彼と出逢ったことで、僕の人生は大きく変わりそう。
それが良いにしろ悪いにしろ、すごく楽しみでたまりません。
思わず初対面の人にも、自分の紹介をろくにしないで
彼の話ばかりしてしまったのは反省ですね。笑

僕は惚れ込んだ人の話はとことんしてしまう癖があるみたいで、
ほんとチャンスを無駄にしているというか、なんというか。笑

まだ22年しか生きていないのでよくわかりませんが、
彼との出会いがひとつの人生のターニングポイントになりそうだなぁ、と。
あ、そういうのは長く生きてから言うもんですかね。笑


彼ともう一人の女の子とで「NOMAD project」というのをやります。
世界を股にかけて活躍する超ノマド(起業家、クリエイター、学者などなど)にインタビューし、WEBに掲載する、というものです。
僕はそのプロジェクトの中で、取材とWEB編集、PRを担当します。
取材は前職でやっていたとは言え、会社の名前もなく完全にpersonalな力が試されるような凄い人のところへ突っ込んで行きます。WEB編集にいたってはちゃんとやったこともありません。PRはやり方はなんとなく頭にありますが、経験がありません。

ほんとないないづくしで、「なんでそんなできないことばっかりやるの?」という感じですが、それぐらい彼と一緒に仕事をして、
彼としか見えないものを見てみたいと思ったんですよね。

あー、こりゃ大変だよ。うにょにょ。笑
これをきっかけにヨーロッパではクリエイターやピアニストなどなどいろんな方とお会いできそう。
いやねぇ、楽しみだよ。


NOMAD project

2011/12/13

本質を見据える

楽しいときや忙しいときは、ついつい本質を見失う。
何が自分にとって本質なのか、意識して見据えるように。

2011/11/30

バランス


インドで働いていたときに録音した取材の様子を久々に聞いた。

何を聞きたいのか、どういう記事を書くつもりで
話を聞きたいのかよくわかっていないことが見え見えすぎて、もう酷さに泣いた。笑

あのときはスケジュールをこなすのに精一杯で、
読者が何を求めているのかわからないままだったなー・・。


俺ってでかいことを言いつつも、やっぱり実力としても
経験としても未熟で、本当に「まだまだ」なんだよなぁ。
でもこういう悪い自分とも向き合い、一つひとつ地道に解決していかないと、
自分がありたい姿には追いつかない。

現実と向き合いつつ、未来を見据える、このバランスだね。

日本人が世界で最も、日本に期待していない


日本人が世界で最も、日本に期待していないと思う出来事があった。

先日、ポーランド在住20年で日本食レストランを経営している
日本人の方に出逢う機会があった。
彼は57歳、ベルリンの壁崩壊をニュースで知り、
ポーランドにやって来て事業を起こしたそうだ。

当時僕が生きていたとして、ベルリンの壁崩壊を見て
チャンスだ、とは絶対に思わなかっただろう。
仮に思ったとしても、ヨーロッパに渡ろうとは確実に思わなかっただろう。

結局彼は成功し、チャンスをものにしている。
その機会を「好機」ととらえ、行動に移しているその実行力に驚いた。

しかし、彼の口から出てきたのは「人生には運と不運がある」ということだった。
彼はバブル期にどれだけ容易に資金を調達できたのか、
あのころの東京にどれだけの価値があったのかを語る。

ここまでは良かった。
僕の知らないバブル期の話が非常に新鮮で面白かった。

しかし、彼はここから現代と比較し、
日本がいかに「不運」な状態かを語り始める。
震災による雇用激減、放射能の影響による農産物の影響、
オリンパスや大王製紙を始めとする日本企業の体制について。


自分がどれだけ運の良い時期に生まれ、
今生まれた人がどれだけ運が悪いかという事を話されているようで、
あまり良い気持ちがしなかった。

これからの時代を作っていくのは彼のような世代ではなく、
僕の世代やこれから生まれてくる子どもたちである。
この「不運」な時代を背負うのは僕たちだ。
そして「不運」な時代を作ってきたのはまぎれも無い、あなたの世代だ。
でもだからと言って、上の世代を責めるようなことは決してしない。
無意味で、生産性のないことだから。

むしろこれからの日本がどうしたら良くなるのか、
一緒に議論して解決策を模索したい。
日本のことについて口を開けば、良くない話ばかりなのはもう飽きた。

就職難、政治不信、震災、放射能、問題ばかりなのは知っている。
非難するのは簡単。
この先、どうあるべきか、何をしたらいいのか。
僕たちはどうしたらいいのか。

そういうことを前向きに考え、実行できる人間になりたい。
もっと勉強しなきゃなぁ。

アウシュビッツメモ書き


■アウシュビッツメモ書き
・囚人に監視役をさせて暴動をおさえこむ。
・75%〜80%が収容されずにガス室で死んだ。働けば自由になる?
・少なくとも130万人が死亡。うち110万人はユダヤ人。ドイツ人も含まれる。実際の数は不明。
・We must free German nation of Poles, Russians, Jeus and Gypsies. ドイツ政府の言葉。正義の反対は、他の正義だと知った瞬間。
・ユダヤ人種は存在しない。それなのにこの収容。根拠のないことがまかり通る。
・アウシュビッツが安住の地だと伝え、すべての財産を持ってこさせ、没収した。人を残虐に殺すためのガス室、ではなく収容できなくなった囚人を円滑に排除するためのガス室。国家政策をスムーズにこなすためのガス室。
・働けない子どもに価値はない。子どもを安心させるために母親とともにガス室へ送った。
・残虐なまでの国家政策に頭を巡らす人もいた。
・収容し大量虐殺している合間も、ドイツは国際関係を維持し孤立していなかった。
・トップレベルの医師による、働き人のSelection。漏れた人はガス室いき。
・囚人が苦しんでいるのを見ても罪悪感を感じない。人間の習性としての可能性。
・バイエルンなどの石油企業、薬品会社でも囚人は労働力として供給され、民間企業からアウシュビッツは収益を得ていた。この国家政策に民間企業も協力していたという事実。
・囚人は「シャワーを浴びろ」と言われて安心しつつ、ガス室へ向かう。シャワーの蛇口は取り付けられているが、お湯はおろか水さえも出ない。「安心」をぶら下げてスムーズに事を運ばせる。
・ドイツ兵の精神的負担を減らすために、死体の処理はすべて囚人。囚人の囚人による虐殺と管理が行われていたことになる。アウシュビッツは競争の原理を巧みに利用した階級社会を作りあげた。
・ユダヤ人の髪を使って市場へ出す。髪は建築の断熱材など、人の目に触れられない場所へ使われた。
・アウシュビッツを起こしたドイツの背景。裕福な生活をしていたドイツの第一次世界大戦の敗北。裕福さを失った人々は裕福さを取り戻したかった。ヒトラーが選ばれる土壌はすでに整っていた。だからアウシュビッツを通して、人々は裕福さを取り戻した。(そして失った)
・ドイツ人も収容の対象だった。身体障害者、精神障害者、同性愛者など、社会の効率を考えたドイツは徹底的に排除を行った。
・収容される人々が財産を詰めて持って来たトランクに出身と名前を書かせた上で、アウシュビッツに預けさせた。(また帰って来るという安心感を与えさせた。が、帰ってくることはない。)
・報告時のレポートは「金 100kg, 銀 200kg」など数字と分類のみの紙1枚。そこに財産を奪い取ったという現実感はない。だが、実際に取った衣服や靴、物品の山を目の前にすると、急なリアリティが襲ってくる。
・ヒトラーは国会議員だったが、当時支持は得ていなかった。しかし連立政権を組み、大多数派となった途端、他の者を排除し独裁政権を始めた。民主主義がヒトラーを生んだ。
・廊下には囚人たちの顔写真。テロリストとして彼らを「定義」することで、監視員の罪悪感をそぎ、テロリストとしての彼らは、徐々に自らがテロリストである事を自覚しおとなしくなる。(結果、スムーズに収容が行われる)
・「優秀さ」とは。青い目と金髪をもって生まれた人種は優秀。それ以外は収容の対象。
・このアウシュビッツ博物館は教育機関。仮に自分がこの時代を生きた人であれば、どういう立場だったのか?収容される人、収容する人、政策を実行する人、そして世界中で最も多かった傍観者。僕は傍観者の子孫。
・ここ数年間でアウシュビッツの訪問者は数十万人も増えている。以前はアウシュビッツの悲惨さや残酷さを伝えていたが、そのころのドイツ政府の背景や政策を伝えるようにしたから。何が正義なのか、考えさせるようにした。
・観光に来る65%は若者。失業率が決して低くないこのヨーロッパで歴史を知ることで乗り越えると考えているのか。
・監視役の囚人はひとつ大きな部屋をもらっている。差別化と競争社会を意図的に作っている。
・人間の「習性」と向き合う、ということ。


■学んだ事
・情報を一次で理解する事の重要性。日本語で書かれている海外のことはすべて、三次、四次の情報で多くの人の主観が入っているため、正確な情報ではない。正確に判断がしたいのなら、その国の言語の感性を学び、その国の言葉で感じる事。
・歴史の面白さ。偉大さや残酷さを端的に感じるだけではなく、その時代に自分が生きていたことを考えてみたり、差別を受けた人、差別をした人、いろんな立場から考えてみる事で得られる視野の広さ。知れば知るほど、グレーになる事実。
・ガイドのプロ精神。自分の個性を排除して、できるだけ近くアウシュビッツを感じさせ、疑問を投げかけ考えさせる仕事ぶりは圧巻。「この時代はこういうことがあったんですよ」だけではなく、この歴史の教訓が現代にも通ずることをきちんと伝えていた。

2011/11/25

世界に人生を展開する


「世界に人生を展開する」という言葉を聞いて。

太田英基さんがインタビューした大田朋子さんの記事を読んでいて、
こんな言葉がでてきた。

「世界に人生を展開する」


どうもこの言葉を聞いてから、どこか嬉しい気分になる。
自分がここ最近抱いていた考えを、一言で表していたからかもしれない。



ちょうど2ヶ月ほど前から、狂ったようにYoutube上にある
「情熱大陸」を見ている。
そこにはドイツ、ドルトムントで活躍する香川選手や
イタリアなど各地で活躍する三木さん、
ツール・ド・フランスで優勝を目指す さん、
アメリカでフィッシャーとして活躍する さん、
など「世界に人生を展開する」人たちの姿があった。
(僕はテレビを一切見ないので、その姿が新鮮だった)


そしてインドで出逢った尊敬する上司や、
ウガンダで会った農業でビジネスをする同年代の姿もあり、
「世界に人生を展開する」人たちにも出逢うことができた。


そして何より、今モスクワで活躍する本田圭佑選手の影響はとても大きい。
彼に関する動画は何十回も見た。
彼の姿や人生観は尊敬しているし、とても共感している。



そういったこともあってか、ここ最近強く思うのは、
「22歳、23歳という年齢は世界に挑戦できる年齢だ」ということ。

日本が良くないから出て行こうとか、
そういうネガティブなことではなくて、
純粋に世界への魅力のほうが、日本で働くことよりはるかに勝っているということだけ。

それに実際にそういう人たちが今、インターネットを含めて
周りにいる中で、挑戦するのを躊躇する理由はあるだろうか、と。


そういうことを考える時間が前にも増して多くなった気がする。

もちろん、日本にいる大切な人たちのことを考えた上での選択をしたいし、
その選択がベストになるよう全力で努力したいと考えている。

しかしなんというか、本当にこのタイミングで海外に出て本当に良かったと思う。
これがもう1年、2年早かったらただの旅行者で終わっていただろう。
NPOでがむしゃらに働いた経験があり、就職活動で必死に悩んだことがあり、
震災という前代未聞の出来事があり、友人と一緒に最高の卒業式を作った、そして海外へ。

自分の意思決定に奇跡的に何かが噛み合っているとしか思えない。
こうして長期の旅行に出られていることもそうで、
やっぱり僕はラッキーマン、なのかもしれない。

分析の先に。


このところ、温度差が激しく、
数日体調がすぐれない日々が続いています。

昨日は短いベルリン滞在にも関わらず、
ベッドで寝たきり。
遠のくはソーセージに、ビール、壁・・。

まぁいつか来るでしょう。涙
今はポーランドへ向かう車中です。


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これまで僕は、このブログにメモ書きとして
違う国に訪れたときに気付いたことを書き連ねています。

そういう「分析」がものすごく楽しいのですが、
最近はそのひとつの先にある「思考」や「提案」に持って行かないといけない
と思う出来事がありました。

それはケニア、ナイロビでのNGOの訪問のとき。
スラムの医療現場で働く人たちの話を聞きたいと思い、
訪問のアポイントを取り行ってきました。
すると、最初に言われた事は

「まず君の話を聞かせてよ。GiveアンドTake,だよ。」

でした。

この言葉を聞いたときに、「しくじったな」と思いました。
何もGiveするものがなかったわけではなく、
ただTakeするだけのつもりでここに来ていた心づもりを恥じました。


うーん、甘い。

まだ学生の僕がするコミュニケーションは
Give, Give, Give, Give, & Takeでなくちゃいけない。
自分が与えて、与えて、与えまくった先に、本当に欲しいものが手に入る。
まずは相手に認めてもらわないと。


だからまだ「分析」で終わっているうちは
相手に与えられるものになっていない。

1. 気づき
2. 分析
3. 思考
4. 提案
5. 考察
6. 実行

っていうプロセスで企画は実行されるものだと思う。


せっかく時間あるんだから、
一つの国あたり10個くらい提案できる企画を考えないとだめだよなぁ。


2011/11/17

旅のスタイルについて


旅立ちから半年。
ナイロビで出会ったPeacefulな旅人や
今まで出会ってきた旅人たちのスタイルと
自分の旅のスタイルについて改めて考えてみました。

ずっと違和感を感じていたんです。
「旅人」というニュアンスが自分に合っていない事も
沈没したいと思う気持ちもよくわかりませんでした。


それがナイロビで会った世界放浪の詩人さんとお会いして
旅のスタイルの違いをはっきりと感じました。


LOVE & PEACE、ではない。
中学校のときに高橋歩さんの本を読んで、
共感して購入した事もありました。
が、旅立つ前に改めて読んだとき、
あまり共感できない事に違和感を感じていました。

だから旅がもつ「自由さ」というものも、
あまり魅力を感じることができなくて、途中で働いたこともありました。
確かに誰にも縛られないんだけれど、それ故に競争相手がおらず
目標がその「自由さ」の中に見つけられないんですよね。笑


じゃあぼくの旅のスタイルは何なのか。
それは「課題に出会う旅」だと思っています。

ぼくは行く国々で「What is the biggest problem in your country?」と
聞く事が多いです。
それはその国が持つ課題が国ごとに違い、
また職業ごとに違い、人それぞれに回答が違います。

その違いがものすごく面白い。
日本のテレビで見ていたケニアの課題が、
現地に行けば人々の課題となる。

課題を通して、視点が「国」から「その目の前の人」へと移り変わるんですね。


ところがもっと面白いのは、
自分の課題にも気付くことができること。

英語を話すのが苦手な事はもちろん、
国際状勢に対する勉強の至らなさであったり、
女の子が口説けない(笑)とか様々。

日本でNPOやってたときや就職活動やってたときとは
段違いに自分の課題に気付くことができています。
そのたびに、俺はもっと成長できると嬉しくなります。


だから僕の旅のスタイルは、「海外逃亡(笑)」でも
「人に出会う旅」でもなく、「課題に出会う旅」。

楽しくてたまらないですが、
それゆえにこのままではいけないな、と強く思っています。


さて、そろそろたまった仕事に取りかかります・・
現実とのギャップがまさに目の前に。w

CouchSurfingを使った集客が面白い。


先日初めてCouchSurfingを使ってイベントに参加してきました。
参加した理由は英語を話せるエジプト人が周りに少なく、
エジプトのことを知りたいのに知ることができない環境だったからです。

イベントに参加して気付いたことがあったので、
ここに記録としてまとめておきます。

参加したのは「」。
食事やパーティといったわけではなく、ただのMeeting。
ドリンク一杯を片手にネットワーキングを行うというもの。
当日は平日にも関わらず、50人近くが来ていて大変盛り上がっていました。


開催者がホテルマネジャーとカウチサーファーという点。
開催者が誰か、と聞くとホテルマネジャーとカウチサーファーの
共同開催であることがわかりました。
エジプトは現在革命の影響もあり、観光収入は激減しています。
その中で、「どうやって人を集客するか」というのはどこでも悩んでいるところ。
人を集めなければお金は集まらず、従業員は雇えず破産する。
そういうわけにはいかない、と考えたマネジャーがカウチサーフィンを
使って集客する事を考えたようです。

そもそもカウチサーフィンは現地のホストと旅人を繋ぐ役割を果たすサービス。
しかしただの宿泊サポートサービスというだけではなく、イベント機能もあり、
CouchMeetingというのが世界各地で行われています。
そこではネットワーキングが行われ、ホスト同士の出会いの場だけではなく、
お互いの文化を交流する貴重な機会となっています。

参加者はMeetingに参加するために15£Eを払います。
この金額は紅茶一杯にしては高額で、普通の紅茶の7,8倍する金額です。
すると会場には約50人近い人がいたので、
15£E×50人=750£Eを集められるというわけです。

それを毎週火曜に開催するので、
平日で客が少ない時期に定期収入を得られる最高の機会となっているのです。



実に人々のニーズをうまく捉えたイベントだと思いました。
イベントも多いに盛り上がっていて、全体の写真を撮る事を忘れたほどです。
職業もバラバラでとても楽しい時間となりました。

ただイベント自体はもっと良くなるポイントがたくさんあったので、
もったいないなぁ、と思うこともありました。
とはいえ、CouchSuringが集客の一つのツールとなる可能性を感じて、
とても勉強になりました。

エジプトメモ書き


エジプトメモ書き

・話を聞いた人のほとんどがエジプト革命に参加している。タハリール広場に行ったり、他の場所での集会に参加したり。
・ムバラク政権時代は本当に悪かった。なぜならスエズ運河通行料で多額の収益を得ているのにも関わらず、自分たちが全く豊かになっていなかったから。でも今はもっと悪い。なぜなら無政府状態だから。選挙をすれば変わる。
・宗教観の違い。ここはムスリム教。Allahというものに知識がなさすぎる。
・英語が通じない。公用語がアラビア語であるということと、学校でSpeakingをあまり教えないため。
・教育先進国かと思いきや、識字率が50%と低い。会話はできても読み書きができない人が多い。
・外貨収入源は石油、スエズ運河通行料、観光収入、外国からの送金。しかし近年は旅行者が減って観光収入は激減。ホテルは人員を削減し、残った人の給料も半分にした。だから仕事が無く暇している。
・特に日本人観光客にいたっては、2月のエジプト革命以降、危険というイメージが先行しかつ地震などで旅行に出る事が難しくなり激しく減少。日本語ガイドの仕事も減った。
・選挙が近く街中にはポスターや垂れ幕がかなり掲げられている。どういうポイントをみて投票するのか。気になる。
・韓国製品は安く、KIAやHYUNDAIなどの車のブランドを多数見かける。しかし日本ブランドの信頼性は高く、TOYOTAやPanasonicなど知名度は高い。技術立国だと思っているエジプト人が多かった。
・しかし父親が日本に長く働いていた、という人の話を聞くと、彼の父親は日本をhateしていたという。理由はHard Workで、宗教に対して理解がないから。イメージとのギャップは大きい。
・エジプト人は出稼ぎに他の国へ行く人が多い。リビアやサウジアラビアなど。リビアやサウジアラビアの人たちは仕事をしないため、エジプト人が代わりに仕事をして稼ぐのだという。しかしリビアは状勢が安定しないため、出稼ぎにも行けない、という。
・食べ物は焼き芋、焼きトウモロコシ、パンに何か揚げ芋をはさんだものなど。安く美味。
・女性は夫と家族にのみスカーフを脱いだ姿を見せる。宗教。何で女性を判断するのだろうか。顔面偏差値低い女性は大変そう。(嘘
・渋滞が多い。
・喫煙率が異常に高い。トルコも高かった。
・人がとても優しい。誰だだますなんて言った人。笑
・日本人の沈没者多し。物価安いからか。ある沈没者に言われたのが「こっちの人は正当なお酒を買いたくても買えないからDutyFreeで買って来てほしい」と言われた。かなり怪しく詐欺の手口かと思ったので断った。おそらく転売している、と思う。
・缶の空け口が面白い。なんか上品に見える。
・水タバコを吸っている人多すぎ。昼までも深夜でも見かけた。そんなに好きか?


以上。
明日はエジプト人とランチなのでそれもまた楽しみ。

旅立ちから半年、振り返る。


日本を出国して早いもので、半年が過ぎました。
2011年5月13日に出国して、タイのバンコクに到着。
あのときは空港に着いてすぐにトイレに籠り、
抑えきれない興奮と不安を必死に落ち着けようとしていました。


あれから半年─────

訪れた国は13カ国になりました。
半年前は初々しかったバックパック姿も、
だいぶ慣れてきたように思います。

半年間振り返ってただ一つ、自分に問いかけたいのは、

「あれから何か変わったのか」

ということ。
旅に出たからと言って、何かが劇的に変わるわけではありません。
それでも心のどこかで、何かを変えたいと思って飛び出してきました。


結果、どうだったのか。


僕は変わっています。それもかなりのスピードで成長している。
なぜなら人生を懸けて目指したいと思う姿を、鮮明にイメージできていると思うからです。
1年前も、2年前もイメージできなかったことが今できていると思います。
それに、目標に対して何をすればいいのかもわかっているし、既に実行に移しています。
だから今、旅中で目標に対して遠回りしてはいるけれど、
辿り着くイメージがあるので心配はしていないです。


こんなふうに、「旅で人生の目標を見つけた」なんてお寒い事は言わないようにしよう、と
思っていましたが、よくよく考えれば誰に評価されたい人生を選びたいわけでもなく、
自分が自分の人生に納得して死ぬ、という人生を選びたいわけで。
だから声を大にして言いたい。
この半年で僕の世界観は劇的に変化し、僕もまた成長していると。
僕にとってはこの"世界一周旅行"は、"修行"です。


旅は残すところ、4ヶ月になりました。
帰国する頃にはかなり変化していると思いますし、
毎日の弛まぬ努力によって変わらねばならないと思っています。


そして無事に帰国し、その証を大切な人たちへ見せること。
そこが最低限の目標ですかね。



半年を過ぎ、改めてお世話になった方々に感謝。
そしていつも陰で支えてくれる家族、友人、彼女には心底感謝しています。

残り4ヶ月も、どうぞよろしく!



2011年11月13日
濱村拓巳

2011/11/07

あふりか、音楽


アフリカ、音楽、うるさい。

眠れない。
時刻は深夜2:28、SMAPのライブはとっくに終了して終電の時間だぞ。

窓を閉めようにも窓が割られているので隙間から音楽が入ってくる。
ホテル変えようかな、本気で迷う。安いしアクセス良くて気に入ってたんだけど。

I never forget you.


11月5日深夜、ルワンダ-ウガンダ間の国境を越える。
満員の夜行バスに観光客は一人、ぼくだけだった。

ぼくはこの日、ビザに必要な$50と$1しか持ち合わせていなかった。
なぜならルワンダのATMでお金を下ろすことができなく、
すべての現金はルワンダフランに両替してしまい、
国境を越える最低限のお金しか残していなかった。


ウガンダに着いたら、着いたときに考える───。


と決めて、3、4日まともなものを食べていない中、
バスに乗り込んだ。



そして国境。


学割で$25になるという噂も虚しく、
しっかり$50請求される。
ぼくは$20札2枚と、$5札1枚、$1札5枚を渡した。


しかし、国境の役人はパラッと見て、
その命の$50をぼくに返す。

「なんで???」
と聞くと,

「$1札が破れている」
とのこと。


良かった、$1札ならもう1枚持っている。
これと交換すれば万事OK、無事にウガンダに行け、


役人「もう1枚、$1札が破れてるから無理」

なかった。




「外の両替屋で両替して来て」
と言う。
冗談じゃない。ぼくはぴったり$51しか持ち合わせていなく、
両替屋でレートを変えたら$50以下になって
入国できない可能性も出てくる。
両替屋がただで破れたドルをドルと換えてくれる保証はどこにもない。


───この深夜に国境でStay・・・

そしたらどうしていいかわからない。


「たった$1じゃん!しかも5mmだけ破れてるだけで!!!」
必死で抗議した。
$1、約80円に泣くなんてマジでない。

しかし役人は取り合う様子もなく、次の人を呼んでいる。
それでもしつこく、カウンターで抗議していると、
その様子を見かねた一人のルワンダ人が
「I help you, come on outside.」
とぼくを連れ出し、両替屋へ。

彼は$2を両替屋から購入し、その$2をぼくの破れたドルを含む$2と交換した。

「これでいいだろ?早く行ってこい!」
この一言がなんと、頼もしかった事か。


急いで役人の元へ行き、Visaを発行してもらった。
もう破れてるなんて言わせない。


バスに戻ると、実は彼はぼくの隣りの席だった。
暗くてわからなかった。

名を「Frank」と言う。
ルワンダの大学のProfessorで、コミュニケーションを教えているそうだ。
ぼくくらいの歳の子どもがいると言う。


「今、アフリカでは仕事が無い、と言われているが、それはtemporary。近い将来、彼らは自らモノを生産し、仕事を得るようになるよ。だからもし、お金が手に入るならビジネススクールでも建てたいね。私はprincipalで、ビジネスは教えられないけどねww」


明かりのない異常に揺れる深夜のバスで
そんなことを話した。

カッコいい親父だった。
ほんと、いろんな人に恵まれて幸せだ。


Frank、I never forget you. Thank you very much.

宗教観。


「神はこの世界で唯一、答えをくれる存在だ」
とコンゴ人の彼は言う。

ルワンダの首都,キガリでウガンダ行きのバスを待っているときのこと。
ATMでお金を下ろすことも、両替もできなく、
空腹で3時間後のバスを待っていた。

こんなとき暇をつぶせるiPhoneも盗まれてしまい、
紙に適当な事を書き綴るか、と考えていると、
隣りの男が話しかけて来た。

32歳のコンゴ人。
ウガンダの首都,カンパラへ家族に会いに行くそうだ。
行き先も同じで、しかも久々に英語が通じる相手だったので
紙とペンをしまい、彼と話すことにした。

彼がいかに家族を愛していて、
家族と会うのを楽しみにしているか、
またぼく自身も故郷に帰るのが楽しみだ、
という主旨の話をした後、
ちょうどその日、ぼくが教会に訪れた話をした。

「ルワンダ、っていうかアフリカはキリスト教が多いよね」
と話を切り出すと、

「日本はどうなんだ」
と聞かれるので、

「ブッダだよ」
と答える。日本で最も普及しているのは神道だと思うのだが,
ぼくは神道はおろかブッダもよく知らないので、外人にもイメージがしやすそうな「ブッダ」とテキトーに答えている。
いつもはこのへんで切って、他の話題に移るのだが、
何ぶん、暇、なので宗教の話をもう少し続けることにした。


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コンゴ人「ブッダはあれだろ、"Statue"に向かって祈るんだろう?」

ぼく「そうそう。仏さまね。お墓にもお参りにいくことあるよ。よく知ってるねー。」

コンゴ人「その"Statue"は何かあなたに問題があったときに、道を示してくれるのか?パワーをくれるのか?」

ぼく「Statueっていうか、死んだ人たちね。先祖。ご先祖様は道を示してくれないし、パワーもくれないよ。道は自分で作るものだと思うし、パワーは自分の中にあったり、人からもらったりするもんだと思うよ。」

コンゴ人「道を示してくれない、パワーもくれない。じゃあどうやって問題を解決するんだ?」

ぼく「自分で努力したり、他の人に協力したりして問題を解決するよ。」

コンゴ人「いいか、他の誰も道を示してくれたりパワーをくれたりしない。自分はもちろんだ。死んだ人たちが今までに答えをくれたことはあるか?」

ぼく「いや、そもそも答えを先祖に求めてない。辛いことがあったときや良いことがあって感謝したいときに先祖様にお参りする。安心感をくれる存在。それだけだよ。」

コンゴ人「死んだ人たちの魂はすべてサタンのもとに行く。あなたはサタンにいつも祈りを捧げているんだ。」

ぼく「ちょ、ちょ、サタンってデビルじゃん!笑」

コンゴ人「そうだ。比べてGodはこの世界のすべてを創造した神だ。だから常に答えを知っていて、私たちを導いてくれる。知っているか、誰がこの世界の"The First Man"なのか」

ぼく「・・モンキー?w」

コンゴ人「そんなわけないだろうwww First Manはアダムだ。Godがダストを拾い集めて創ったのがアダムだ。そして次にGodの骨を元に創られたのがイブだ。つまり、Godが世界を創造したのだ。 」

ぼく「ちょ、ちょww ダストってなに。ってか人間は生物の進化によってできた生き物でしょ。生物学が証明してる。」

コンゴ人「生物学なんてものは嘘っぱちだ。神がすべてを創造した。だから私たちは問題が起きたとき,神に祈り、導いてもらうのだ。この違いはわかるか。私の国、コンゴでは戦争が続いている。問題ばかりだ。しかし日本はどうだ。経済はリッチ、君は稼がずに"tourist"という身分をもらっている。この環境が違う。一度、Godを信じてみろ。2ヶ月でいい、Tryしてみるんだ。」

ぼく「ぼくはこれからどんな問題が起きようと、絶対にGodは信じない。"never"だ。なぜならこれはぼくの人生だからだ。でもわかってほしい、Godは信じないからと言って、キリスト教を少しも馬鹿にしていないし、これだけ信仰しているあなたのことは尊敬している。しかし、そのGodが全人類唯一の神だ、と人に押しつけるのは納得がいかない。世界にはたくさんの宗教があって、それを信じている人たちがいる。あなたが何を信じるかは勝手だが、その宗教の多様性は認め、互いに理解し合うべきだ。その強要こそが世界に戦争を生むんじゃないか」

コンゴ人「一度、Godを信じてみればわかる。2ヶ月でいい、やってみてくれ」

ぼく「ぜ っ た い に や だ 。」
------------------------------------------------------


ざっと書いてみたが、こういう会話がバス停でなされ、
気付いたら彼と話し始めて2時間が経っていた。
彼の語気は段々と荒くなり、ぼくもまた荒くなっていたと思う。

バスが来ると話は自然とやみ、車中でも彼と話すことはなかった。
互いに話す気になれなかったのだと思う。



どっちが良い、悪い、というのは始めからなかった。
何よりただの雑談だった。
しかし、信じるものが違えばこんなにも解り合えないのか、と
ただただおどろいた。

今まで馴染みの無かった"シューキョウ"は難しいことがわかった。
でもそれゆえに、今回の出来事で興味がわいたのも事実。




2011/11/01

ルワンダが・・


今日はいよいよルワンダに向けて出発の日。
前回は乗り過ごしたので、今回は万全の準備を持って臨むのだ。



早朝6時に起きる。うーむ、良い感じだ!
早速バスの車中で読むEvernoteやTEDの動画が
ちゃんと動作するかさらっと確認。

「よし、これで退屈しないで済む。」


次に朝食へ。
いつも通りの変わらないゆで卵にパン、ソーセージにミルクティーだが、
これがダルエスサラームで過ごす最後の朝食だと思えば容易い。
ついでにパンも買った。

「よし、これでお腹が減っても大丈夫。」


そして近くの銀行へ。
朝早すぎて閉まっていたので、近くのホテルでお金をおろすことに。
今回スポンサーとなってくれている親に感謝の思いを込めながら、
ATMを操作し、無事にお金を受け取る。

「よし、これでお金が途中で無くなることはない。」


最後にパッキング。
もう二度とチェックインする事はないであろう、YWCA。
スタッフの不機嫌な態度が最高の宿だった。
忘れ物もない。

「よし、これで準備完了!」


意を決してバス停へ向かう。
ここから長距離バスターミナルまでは、市内バスを使って移動。
この市内バスも何度使ったか分からない。
世話になったな、もう乗ることもあるまい!!!


さぁ、テンション最高潮で長距離バスターミナル、ウブンゴへ。
集合時間11:00AMにも関わらず、+気合い100万倍のため、
到着時刻は9:30AMだ。

どう考えても早すぎる。
しかし、何事も早い事に越したことはない。
ペプシを飲みながら、長距離バスの到着を待つことにした。





10:30AMになった。
そろそろ到着かー、とターミナルを見ると、
まだバスが来る様子は無い。

「そうか、今日は遅れているのかもな。
 もしかしたらぼくが場所を間違えている可能性もある。
 周辺をうろちょろしてみよう。」




うろちょろ・・・





11:00AM。
やはり指定の場所に間違いは無かった。
にも関わらず、乗客が集まる様子は無い。

「まさか、二度目の見逃しなんてことはないよな。だってチケットには11:00AMにここって書いてあるし・・。ま、念のためオフィスに・・」



11:10AM
バス会社社員A「バスはもうとっくに行ったよ。朝5:30に出発したから、今ちょうど半分過ぎたあたりかな!」




濱村「・・・」





「・・・・・・えぇっ???だって、チケットには11:00AM集合って・・」





社員A「あー、それはたぶん、こちらの間違いだね。スミマセンでした。
 お金返すから、そのお金で他のバス会社当たってみてね。」





濱「・・・・・・・・・・・・・・シネ・・・・」









というわけで、未だにタンザニアのダルエスサラームにおります。
どうやらルワンダ行きのバスは、明後日らしく、
またしてもYWCAに舞い戻ってくることになりました。

自分のミスと、バス会社のミスで、4日間余計に時間を取られる始末。
まぁ最初は怒ったけど、時間を間違えて伝えることは
ぼくにもあるミスなので、もう気にしてません。仕方ない。
ただ前回もバスに乗れなかったので、2度目もあるとさすがにキツかった。。

3度目はちゃんとバスに乗れますように。
乗り遅れた分、ルワンダとウガンダは移動時間含めて
それぞれ3日、4日しか居られないけど、思いっきり感じてこようと思いますです。


以上!切り替え!!



ルワンダへ・・


今日は朝からルワンダ移動のためいろいろ準備。
しかしいろいろとトラブル発生。

まず銀行でドルからタンザニアシリングに替えようとすると、
銀行のアカウントを持っていないと両替できない、とのこと。
ホテルのチェックアウトの時間も迫っており、
急いで仕方なくレートの悪いホテルですぐに替えてもらう。

そして走ってホテルに向かう途中、溝に足を取られ転倒。
血がだらだら、サッカーで怪我した箇所が再発。
歩いて帰ると、チェックアウトの時間は過ぎており、
荷物は外に放り出されていた・・。

仕方ない、遅れた自分が悪いのだから・・。

そしてふと時間を見ると、ホテルを出てバスターミナルに向かわないとヤバい時間。
急いでバスに乗ると、見事に渋滞発生。

集合時間の11時に間に合う様子も無かったので、
20kgのバックパックを背負って、
炎天下の中必死で歩きバスターミナルへ。

集合場所に20分遅れて到着すると、ない、バスが。
周辺の人に聞いて回ると、バスはもう出てしまったとの事・・

My bus is gone...
インドだったら確実にまだバスあったのに・・時間に正確すぎるアフリカ人・・。

バス会社の人も苦笑い。
日曜日は運行していないという事で、月曜日にKAHAMA行きのバスに乗ることになった。
そもそもアフリカは1ヶ月しか居ないので、
ルワンダとウガンダは数日しか居られなさそう・・。

自分を呪っても仕方ないので、とぼとぼホテルに帰りましたyo...

ルワンダへ?


大学の後輩、ちゃんゆーと別れて
再びダルエスサラーム。

3日近くずっと一緒に居ただけに
多少の寂しさがある。
いろいろ勉強させてもらったし、楽しかったなー!
またしばらく日本人に会う事も少なくなるけど、がんばろ。


今日はルワンダのビザを取得し、
バスの予約をしてきた。
ルワンダ大使館の人いわく、
ルワンダ直通のバスは毎週水曜日らしいので、
乗り継いでルワンダまで行くことにした。

と言っても、中継地点は地球の歩き方には乗っていない場所だ。
しかも到着するのは夜7時だという。
うーん、ちょっとミスったかなー。。

普通に怖いぞ。笑
まぁ、バスの中で寝させてもらうとか手段を考えよう。
とりあえず明日、再びドルをタンザニアシリングに替えてこよう。
キャッシュカードが使えなくて困る・・。

このブログがupできたときは、ルワンダかウガンダで
wifi環境を獲得できてるということだな。
作業したい事もあるので、予定より早くナイロビを目指そう。

それでは、この部屋にはコンセントが無く電池が無いのでこの辺で。

アフリカの子どもとサッカー。


今日はタンザニアでボランティアをしている大学の後輩と待ち合わせ。
久しぶりに会った後輩は、少し背が伸びて、そして少し頼もしい。
危険と言われるダルエスサラームの郊外でさえ、彼が颯爽と歩くのはかっこよかった。(少しだけねw)

目的地に着くと、待っていたのは元気いっぱいの子どもたちとのサッカー。
ぼくの背の半分しかない子どもから、体格も大人びた10代後半の男の子まで、
様々な子どもがサッカーをしに集まってきていた。

しかしいざサッカーをすると言っても、そこはゴールの代わりに木が2本ずつ刺さっていて、
砂場でラインもない。
子どもたちはスパイクはおろか、靴すら履いていない。
20人以上は集まっているのに、ボールはわずか1つ。

そんな状態で始まったフットボールinタンザニア。
準備運動も後輩が教えたのか、どこかぎこちないが、
リーダー格の男の子が仕切ってやっている。

試合前の練習も行った。
パス練習から、センタリング、シュートまで。
一個のボールを回して、壁を越えて飛んでいったら
返ってくるまで練習はストップ。
その繰り返し。でも誰も文句は言わない。楽しくて仕方ない、という顔をしている。

ゲームが始まった。
子どもたちは、新たに加入した外国人の助っ人(自分)に果敢にパスを回してくれるが、
その助っ人はまるで頼りにならず、「パスパス!サクーミ!(タクミは呼びやすさからサクーミと呼ばれていた)」と言われる始末。

それにしても子どもたちは上手かった。
裸足なのに細かいフェイントもできるし、オーバーヘッドなどダイナミックなプレイが目立った。
がつがつアタックする姿は力強い。

そんな姿を見ていると、写真に収めたくなり、
カメラマン役に。
すると寄ってくるは子ども、子ども、子ども。

自分のプレーする姿が写真に映るのがテレビのスロー写真のようなのか、
プレーの途中でもこちらに駆け寄ってカメラを見る子ども。

プレーをしていない子どもも集まって来た。
中には2歳くらいの子どもがてくてく歩いて来て、
何も言わずにちょこんとぼくの膝に座ってきたときは、可愛さで思わず微笑んでしまった。

子どものたくましさと可愛さに癒された一日。
こんな一日をくれた後輩に感謝、だな。いそがしいところ、ありがとう。

サファリ。


2日目のサファリが終了。
今日になってようやくわかったことなのだが、
今回のグループにはアニマルマニアカップルがいることが判明。

16GBクラスのSDカードを複数所持し、
1眼レフを2台、実践的双眼鏡を装備する本格的カップル。

対する自分は、というと
電池の切れそうなRICOHのコンデジに、2GBのSDカード1枚。

装備だけでなく、彼らのアニマルへのこだわりから
本気度の違いを見せつけられた。
きっと彼らが違うグループだったら2時間は早くテントに帰れたはず・・。



案の定、夕方には電池も切れて、ライオンも
珍しくなくなってがっつり飽きて空と大地をぽけーっと眺める。
アフリカの雄大な空と大地を眺めていると、
今の自分の考えていることや将来の期待や不安とか
そんなものどうでもいいじゃないか、と言っているような気がしてくる。

ごちゃごちゃしたものが勝手に整理されていくような感じで
すごく気持ちがよかった。

アニマルも、アニマルマニアに振り回されるのはもうご免だけど、
ぽけーっとするだけなら、サファリにまた来ていいかな。
ありきたりな感想だけど。笑


すごいことだよ、ダンカン。


こんにちは。ハマムラです。
マーケットを廻った後、ダンカンと共にダンカンの家の近くのパブでサッカー観戦。
マンチェスターユナイテッドとマンチェスターシティの試合です。
ダンカンとどっちが勝つかBET!


結果は・・
説明したくないほど、ぼろ負けだったのでニュースでごかくにんください・・。


さて、ダンカンとビールを何杯か飲んだ後、夜も遅くなりそうだったので送ってくれる事に。
帰り際にこんなことを聞いてみました。

ハマ「ダンカン、もしお金がたくさん手に入ったら何に使いたい?」
ダン「貧しい人たちのために使うよ。彼らはノーフード、ホームレスで暮らしてる人がたくさんいるから」


この答えが正直、意外すぎて度肝を抜かれました。
なぜなら彼は満足する給料をもらえていなく(月1万円程度)、既婚で子どもが2人いるお父さんだったからです。
子どもを大学に行かせるのに使う、とか車を買う、とかそういう答えを期待して聞きました。

ところがこの答え。


ぼくが日本に居て、同じ事を聞かれたらこんなふうに答えられるかどうか・・。
この一言を聞けた事だけでもケニアに来て良かったな、と思わせられました。
すごいことだよ、ダンカン。

ケニアでチェンと呼ばれる。


今日は仲良くなったケニア人、ダンカンと街に散策へ。
市場をいろいろと見て回りました。楽しかったー。

ローカルの人しか行かないようなところまで行き、
お約束のローカル食堂でもご飯食べてきましたYO。
覚えたてのスワヒリ語で隣りに居た親子と会話。
子どもの可愛さに思わずにやにや。

歩いていると日本人はおろかアジア人も僕だけなので、
「チェン!チェン!」と言われました。
最初はスワヒリ語かとシカトしていましたが、
聞くと「ジャッキーチェン」のことだそう。
ジャッキー、こんなに有名なんだ・・。
しかしながらチェンでも中国人でもないので、「ジャパ二!」と大声で言い返してやりました。
アジア人がなんでもチェンだと思うなよ・・!!


売られている物は様々。
バックに、服や靴下、運動靴にブーツ、香水、石けん、さとうきび、魚、じゅうたん、ベッドシーツ、犬小屋・・なんでも。
物をいちいち撮りたかったのですが、残念ながらあまりカメラを持ち歩くと
危険なので全体の写真しかないのです。。

この日は日曜日という事もあり、人もわんさか、活気がありました。
道ばたでアフリカンミュージックをかけてダンスしている集団もあり。
来てよかったなぁー。

2011/10/21

オレは今、谷底にいる


答えが見えないとき、いつの間にか本田の動画を見ている。

2011/10/20

■ケニアメモ書き


■ケニアメモ書き

・携帯の所持率が高い。
実際どれくらい?
背景にSafaricomやモバイルバンキングのm-pesaも関係してそう。

・平均年齢層
若い人が多い印象。
あと女性を見ると10人に1人は妊婦さんのような気が。

・平均収入
物価が高い。
カンボジアで160円で泊まれたのが、ケニアでは1000円は普通に超える。
ガソリンのレギュラーも1Lあたり、120円と高い。
なぜここまで物価が高いのか、収入はどれくらいなのか?

・日本の中古車が多い。
「仙台オート」で販売されていたものなど、中古車を大量に見かける。
輸入経緯と価格帯を知りたい。

・渋滞が多すぎる。
特にナイロビ市内。道路は整備されているが、
こまい道が少ないから?都市設計的なところを知りたい。

・仕事はどのように探してるのか。
街中でJOBSと書かれた掲示板を見ている率高い。
リクルートみたいなサイトはないのか?
インドでは知り合いの紹介で仕事を受けたり、
Linkdin、Monsterなどのサイトから仕事を受ける事があった。
ケニアでは?

・主食はチキン?
フライドポテトにハンバーガー、ビーフシチュー。
欧風な食事のスタイル。これはどこから来てる?植民地時代の名残?

・オバマへの支持
本屋に行くとオバマに関する書籍が他の国より多かった。
彼が支持される理由は?

・Casinoが街中に多い。
合法?行くのはどんな人?
一度潜入しても面白い。

・ドーナツ
ドーナツ、だいたいどの国に行ってもある。
タイ、ネパール、インド、ケニア。
グローバル食べ物。

・スーパーでコンドームのCM
Popmediaという番組?でコンドームのCMやマラリアに関する
割とクリエイティブ系なCMが流れていた。
政府がスーパーに介入して、普及させる戦略?
日本のスーパーでコンドームのCMはまずありえないので、
エイズ問題にかなり力を入れている事が分かる。

・Got Talentという番組。
インドでもケニアでも見かけたこの番組。
発案したのはどこの地域?
番組の版権が海外に売られているのは面白い。
日本でこういう類いはあるのか?めちゃいけの中国パクリの話は聞いたことがあるけど。

・モッタイナイの人。
最近亡くなった、マータイさん。
実際何した人なのか。

・ネルソンマンデラさん。
市内の本屋に行くと彼に関する書籍多し。
聞いた事あるけど、誰だっけ。

・ビジネスマン、ハゲばっかり。
日本のサラリーマンに坊主は稀少だけど、
アフリカではハゲばっかり。髪質が違うんだろうな。

・マサイ族のビジネス
マサイ族と旅行代理店は提携してる?
コンビネーション良すぎ、マサイ族英語うますぎ。


以上。
まだ滞在するから、付け加えとくこともありそう。
考えれば考えるほど、興味がわくケニア。いいね、楽しい。
ちゃんとまとめたいねー。

■トルコメモ書き


■トルコメモ書き
(メモした紙を無くしそうなのでこちらに避難。近々ちゃんと調べたいこと)

・電車がチンチン電車。(チンチン、ではない)
踏切が無く、イスタンブール市内ほぼ全域に路線がある。
これによって便利になった点、事故、遅延などの課題点は。

・カフェやレストランの人気席は外のテラス。
外観が良いから成せる事。インドだったら汚くて無理。
外でコーヒーをゆっくり飲みたかったけど、ランチのみ、とのこと。
回転率をあげるためか。

・革製品が多い。
モロッコでも多いと聞く。なぜ?

・巨乳美人多い。
これはほんとになんで。

・トルコの車はワーゲン、BMWが多い。
大型バスなどの商用車にメルセデスベンツ。
日本車はほとんど見かけない。中東では販売戦略失敗?
一応、Nissan、Suzuki、Toyota、Kawasakiのディーラーは発見。
しかしなぜかどのディーラーも大型道路の脇に店を構えているのはなぜ?
トヨタの販売戦略について調べる。

・貿易が盛んらしい。
地理的理由が大きいと思うけど、理由をちゃんと調べる。

・インフラがめちゃくちゃ整備されてる。
インドと比べる事が間違っているかもしれないが。
政府が優秀なのかもしれない。実際、トルコでは一人の独裁者が宗教まで変えたという話も聞く。

・停電が無く快適。
エネルギーはどこから来ている?

・トルコの歳入の割合。
観光が大半だと思うが、鉱山があるとも聞く。実際は。



以上。
トルコくらいの国になると日本語のデータがないので、
(時間があるときに)英語でも調べる。

・・やるのか?w

高いレベルの感動


本日3記事目。
1記事あたり15分程度ってところか。。

先の記事でマネジメントについて書いたけど、
僕は将来的に報酬が発生しない場所でのマネジメントをしてみたいと思ってる。

つまりボランティアのマネジメント。
これは今まで僕が学生生活でしてきたことで、
僕が失敗してきたことの一つ。

自分を例に挙げると、
僕が働きたいのは金を稼ぎたいからではなく、
高いレベルの感動を味わいたいから。

それは目標を達成したときの「感動」であったり、
信頼できる仲間と達成に向けて目指していくプロセスにわくわくする「感動」であったり、
そういうものを一生でできるだけ多く味わいたい。

こんなふうに僕の場合、かっこつけでもなんでもなく、
ただ単純に「お金が動機ではない」と言えてしまう。

こういう人、実は自分以外にもたくさんいるんじゃないか、と思っているし、
NPOや学生時代の活動でかなり確信に近づいている。


そういう時代の変化の中で、
「金銭的インセンティブの他にどうやってメンバーにやりがいを感じてもらい、
プロジェクトの成功に導くのか?」
の答えとして、マネジメントが挙げられると思う。

マネジメントがボランティアのプロジェクトで果たす役割は以下の3つ。
・本人が希望している役割としてほしい役割とのマッチング
・モチベーションを維持するためのケア
・金銭的リターン以外のインセンティブ設計

メンバーを魅力的なビジョンで導くリーダー的なポジションというよりかは、
環境を整備して心地よくドレイ(お金もらえないのでw)として働いてもらう、
クッション的な役割を果たすのがマネジメント、だと思う。

そういうミドルマネジャー的なところ面白そうだよね。
だから道路掃除のおばちゃんのボランティアから、結婚式の二次会、
TED並みのプロジェクトまでいろんなところで、経験を積んでみたいなぁ。

以上!
さて、たまりにたまったタスクやろ。笑

自由に制限を


インドでのインターンシップの課題で、
事後レポートを提出するのに、
おそらく4日くらい費やした。

「インターンシップで何を得たのか?」
という問いにうまく回答が浮かばず、
書いては消し、書いては消しの繰り返し。

結局今日、10分足らずで書き上げてしまった。
なんだったんだ、この4日間・・。


なんでこんな時間かかったんだろう、と考えてみると、
このレポートは、字数制限もなく、
誰に対して書くという指令もない「自由」なレポートだったからじゃないか、と思った。

逆に今回は書く前に、ルールを決めて書いてみたらすっと書けた。
・A4、1枚以内におさめる。
・海外インターンを考えてる学生に対して書く。

書き終えてみて、自由なものを自由と受け取ったらうまくいかないんだなぁ、との気づき。

「100万円を自由に使っていいわよ!」と永作博美似の美女に言われたとしても
全く使い道が思いつかないし、面白みを感じない。
むしろ、「この100万円と1本のペットボトルを使って5倍にしなさい」のほうが
より使い道をイメージしやすいし、興味深い。

こんなふうに考えていくと、二つのことに応用できるなーと思た。

まず自分の旅について。
基本的に自由で、どこに行ってもいいし誰と会ってもいい。
でもここで「必ず行った国それぞれでホームステイをしなくてはいけない」と決めたら?
「一つの国あたり100ドル以下で生活しなくてはいけない」と決めたら
そこに面白みをもっと感じるかもしれない。

ちょっと退屈な旅が、もっと面白くなるかも。


次に、マネジメントの立場になったときに。
僕は人に指図するのが大好きで、よく弟や妹を顎で使うのが得意な人間です。
だからマネジメントっていう言葉に過剰反応してしまうので、
きっとそういう場所に憧れてるんだと思いますです。
将来、自分がマネジャーになったとして、
部下がどうやったら楽しく、やりがいを感じて仕事をしてくれるか。
この問いはNPO時代からのテーゼだったりします。

部下への指示として「これやっといて」と言うだけじゃなく、
「30分以内にWordを使ってこれやっといて」と言うだけで
だいぶ頭働かすようになるなーと。

そしたら限られた制限の中でいかにアウトプットを出すか、というところに
意識がいくだろうから、
うまく組織も回るようになるかな。


以上、二つ。
書いてみると改めて、自分自身が自由の中でルールを設定して
遵守し、工夫できないことには意味ないなーと。
精進、精進。
あれ、目の前にいるドイツ人かわいい。。



ケニア4日目


ケニア4日目。
今日は終日どこにも行かず、作業Day。
メールを書いたり英語の本を読んだり、タスクをこなしたり。
観光や誰とも話さない日があると落ち着く。
いや、単純に仕事たまってるだけなんだけどね・・。


アフリカでは窃盗が多いと言われる。
事実、ケニアの宿にある「情報ノート」を見ると
2ヶ月前に宿の一歩外で窃盗にあったという生々しい話が書いてあった。


彼らは「生きるか死ぬか」の世界で生きているから、
窃盗するのも命を懸けてくる。
だから半端なことをすると、自分自身も危ないことになる。

そんな話を誰かから聞いて,

「あれ、俺死ぬ気で何かやった事あったっけ?」

と考えてしまった。
きっと何回もあったと思うけど、
次の瞬間から明確に自分がこの世からいなくなることは
想像もしていない、言葉だけの言葉だったと思うし、
アフリカに住む彼らからしたら、取るに足らない「死ぬ気」だったんじゃないかなーって思う。


インドでは火葬場で人が焼かれるのを見て生き死にを考えたが、
アフリカではその生きる姿に考えさせられる。





うーむ。

さて、そろそろ部屋に住まう蚊を退治しにいこうか・・涙

2011/10/15

英語。


最近、英語を話せない事が相当のコンプレックスになっていて、
外国人はおろか、日本人とも上手く話すことができずにいる。

原因はトルコで一緒に食事したブラジル人とドイツ人。
ブラジル人が何を言っているのかはわかるのだが、
ドイツ人が何を言っているかわからないときがあり、
聞き返す事が多くなると、彼は僕ではなくブラジル人に向かって話し出すのだ。

3人で食卓を囲んでいるのに、僕だけ蚊帳の外。
話そうとしてもgenaralで幼稚な話題しか話すことができず、
話さなければ沈黙が続くその場所が恐ろしくなり、
一人食事を済ませて逃げてしまいたかった。

そのことが度々脳裏をよぎり、沈黙や仲間はずれが恐ろしくなって
つい口を閉じてしまう。
結果、会話は相手の話ばかりになるので、
「なぜこんなに上手く話せるんだろう」
「この人の旅行は僕のより楽しそうだ」
と無意識に他人が羨ましくなってしまい、ますます自信がなくなる、
という悪のサイクルができあがってしまっていた。


そんなとき、気付いたことがあった、
昨日、トルコからケニアへ向かうフライトで、
隣りに座ったケニア人の女性がなんと、中国語のテキストを開いて機内で勉強していた。
理由を聞くと、「通訳で仕事があるとか、いろんな外国人と仕事するときに有利って言うのもあるけど,何より、言葉が好きだから」と言う。

そのときに見た彼女がとても輝いて見えて、
それは5カ国語話せるからかっこいい、というわけではなく、
純粋に「好きだから」という理由で勉強する彼女が
とても魅力的に見えた。

仮に僕が知る魅力的な人が海外に出たら、
英語が上手に話せなくても
彼らは上手にコミュニケーションを取るんだろうな。


言語は所詮ツールにすぎない。
話せなくたって卑下したり落ち込んだりする必要はない。
だから新しい場所に足を踏み入れている今、
自分からジャンプしていかないと、得られるもんも得られない。


この記事を書いている最中に読んだ文章が印象的だった。
以下、転載しておく。

貧困と飢饉という環境の中で現在22歳になったウィリアム・カムクァンバが2度目のTEDステージで、彼自身の人生を変えた心を打たれる発明品の話をします。一度EVブログで取り上げたのですが、TEDで翻訳文も掲載されていました。


Why you should listen to him:
ありがとうございます 2年前 私はタンザニアのアルーシャでTEDのステージに上がり 私の一番の自慢である発明品について簡単に話しました 私の人生を変えた単純な装置ですそれ以前 私は マラウィの家から 外に出たことはありませんでした コンピュータを使ったことはなくインターネットも見たことがありませんでした 当日 ステージの上で私はとても緊張していたんです 英語が出てこなくなって 吐きたくなりました (笑) あんなにたくさんのアズングに囲まれたのは初めてでした 白人のことです (笑)前回 話さなかった話があります 今は晴れやかな気分なので 今日はその話をしたいと思います 私は7人兄妹で そのうち男は私だけです これは父と小さかった時の私です 科学の驚異に気がつく前の私は貧しい農民の国にいる― ごく普通の農民でした みんなと同じく トウモロコシを作っていました。ある年 私たちの運命は激変しました 2001年にひどい飢饉に見舞われたのです 5か月もしないうちにマラウィ人みんなが餓死し始めました 私の家族は夜に一度だけ食事をしました みんなでンシマを分けると 3口分にしかなりません 食べても体には何も残らずやせ衰えていきます。

マラウィで中等学校に行くには 授業料を納入しなければいけません 私は飢餓のために学校を中退せざるを得ませんでした 私は父を眺め 乾ききった畑を眺めました そこには受け入れられない将来がありました。私は学校にいられることが幸せでした ですから 私は教育を受けられるなら なんでもやろうという気持ちになりました そして図書館へ行きました 科学系でも特に物理の本を読みました 英語はよく読めませんでした 図解の周りに書かれている言葉を 学ぶために図解や絵を使いましたある本から風車の実用的な知識を得ました その本は風車は水を汲みあげて発電できると書いてありました 水を汲み上げられれば灌漑ができます その当時 見舞われていた― 飢餓への防衛策となります ですから私は自分の風車を作ることにしました でも 材料がありませんでした 私は廃品置き場へ行って 材料を集めました 母を含むいろんな人が 私は狂ってると言いました (笑)

ラジエータファン 緩衝器 ポリ塩化ビニールパイプを見つけました 自転車の車輪と古い自転車の ダイナモを使って 私は 装置を組み立てました 初めは電灯が一つでしたが 4つまで取り付けました スイッチもつけ ある絵を参考に作った― ブレーカーまで作りました 別の装置が灌漑用の 水を汲み上げます。私の家の前には人が列を作り始めました (笑) 携帯電話の充電をするためです (拍手) 追い払うことは出来ませんでした (笑) リポーターもやって来ました それがブロガーへと伝わって それがTEDいうところからの電話に繋がったのです 以前は飛行機を見たことがありませんでした ホテルに宿泊したこともありませんでした だからアルーシャでのステージでは 英語が出てこなくなったのです 私が言ったのは “私はやってみて そして作りました” というようなことです。私のように 夢を追うにも 困窮しているアフリカ人や 貧しい人みんなに向けて 言いたいことがあります 神のご加護がありますように いつか これをインターネットで見ることがあるでしょう 自分を信じてください と私は言いたいです 何が起ころうとも諦めないで ありがとうございます (拍手)
(TEDからの転載)






Wifi、10分しか使えず涙目。

2011/10/11

日本人宿にて




早朝のバスでイスタンブール着。
バスの中では隣りの子どもとお菓子を分け合った。

最近は良い日本人の方と巡り会うことが多く、
カッパドキアでも自称「姫1」「姫2」と呼ぶ女性たちとも出会った。
バルーンが不時着しても楽しそうだったのが印象的。笑




そしてイスタンブールに着き、早速日本人宿「Tree of Life」へ向かう。
チェックインすると宿の説明を管理人の方から受ける。
門限、キッチンの使い方、お風呂の入り方・・
まるで高校生活に戻ったようで、妙な安心感。

ドミトリー式で住む人も気のいい人ばかりで楽しそう。
一泊しかしないけど、とても楽しい時間を過ごせそう。


いよいよ明日はケニア。
タンザニアにも行くことになりました。

2011/10/10

What's your...





何度も聞かれるけど、日本人の宗教って何なんだろうね。
今日もイタリア人と食事していて、


"What's your religion?"


と聞かれ答えに窮す。


Buddist,と言ってしまえば楽なんだけど、
実際は神道と仏教が入り交じった教えを多くの日本人が
無意識のうちに信仰しているんだよね。




日本の宗教
http://ja.wikipedia.org/wiki/日本の宗教




そういえば隣りの韓国のキリスト教信者の割合が仏教より多いとは知らなかった。
30%近い人がキリスト教なんだそうだ。
昨日・今日とツアーが一緒だった韓国人が「キリスト教が多い事が社会問題になってる」と言っていたけど、このことかな。




1992年8月25日 3万組国際合同祝福結婚式 韓国ソウル市 蚕室オリンピック・メーンスタジアムにおいて『世界基督教統一神霊協会』(統一教会)の国際合同結婚式が盛大に行われ、3万625組の信者らによる夫婦が誕生した。当時、日本からも大勢の信者らが参加し、その中には有名タレントなど芸能人やスポーツ選手などもおりマスコミで連日報道されていた。なお、結婚の相手は韓国人教祖の文鮮明の選んだ相手と結婚することが条件で、自分で好きな相手と結婚することは一切許されなかった。当時、統一教会では霊感商法や学業や家庭を放棄して教団にのめり込むなどの強力なマインド・コントロール、またそれによる人格崩壊・精神錯乱などで、各地で社会問題を引き起こしていた。


引用:http://ja.wikipedia.org/wiki/カルト






自分が思っている以上に、イタリアはおろか、
韓国のことさえよく知らなかったようで。。あわわ。


逆に日本のことは彼らはよく知ってる。


京都、こんにちは、東京、ドラゴンボール・・




もっといろんな国のことについて勉強したい今日このごろ。
とりあえず、これからバスに乗るので
いくつかの論文をEvernoteに入れてく。エバーノート便利。











旅人の死。

From Cappadocia


http://ameblo.jp/goooooska/


昨日いつものごとく、Twitterを眺めていると、
とある旅人の訃報が目に飛び込んできた。


僕は面識がないのだが、
友達がエジプトで会ったことがあったり、
同じ世界一周の旅人、ということで
どうしても他人事には感じられずにいる。






つい先日も、今僕が使っているAppleを創業した
スティーブジョブズが亡くなり、
同じ部屋のルームメイトのブラジル人とも彼の話題になった。






いつどこで死ぬかもわからない。






そう改めて思わされた出来事だった。
僕が日本から離れ、海外にいるからといって死にやすいわけではなく、
誰の隣りにも死が存在する。


ジョブズは代表的なスピーチでこう言っている。





 私は17歳のときに「毎日をそれが人生最後の一日だと思って生きれば、その通りになる」という言葉にどこかで出合ったのです。それは印象に 残る言葉で、その日を境に33年間、私は毎朝、鏡に映る自分に問いかけるようにしているのです。「もし今日が最後の日だとしても、今からやろうとしていることをするだろうか」と。「違う」という答えが何日も続くようなら、何かを変えなければならない時期にきているということです。
 自分はまもなく死ぬという認識が、重大な決断を下すときに一番役立つのです。なぜなら、永遠の希望やプライド、失敗する不安…これらはほと んどすべて、死の前には何の意味もなさなくなるからです。本当に大切なことしか残らない。自分は死ぬのだと思い出すことが、敗北する不安にとらわれない最良の方法です。我々はみんな最初から裸です。自分の心に従わない理由はないのです。




僕は必ず死に、それは明日かもしれない。
それともこれから乗るイスタンブール行きのバスで死ぬかも。


そう考えたら、今考えていること、今日あった出来事で嬉しかった事、悲しかった事、いらだった事。
そういうものをちゃんと記録したい、と思った。


最近このブログも過疎化していたし、
思った事を自分にしか伝わらないようにしか書いていなかった。


でも僕はこのブログを、自分にだけではなく、
将来産まれてくるであろう、僕の子どもに見せたいと思う。


僕は親父があのときどんな思いだったのか、あのときどんなことがあったのか。
親父本人に聞くしか術はない。


それでも今は、インターネットというツールがあり、
このブログはサービスが終了しない限り永遠に続くだろう、と思う。


そこで、2011年10月にあった出来事を
子どもにきちんと伝える事ができるよう、
ちゃんとログを残していこうと思います。


というわけで、改めてよろしくお願いします。





























2011/10/08

羨望と期待。

旅が始まる早3日。
楽しい旅が始まり、憧れの@mohidekiさんと出会った事から急転、
どうにもやる気が起きない現象に。


他人の人生が羨ましく思えてしまう。
ネットで見る人も、メールしている人も、
隣りでコーヒーを飲んでいる名も知らぬ人の人生さえも。

親の金で世界一周できて、働くという貴重な経験もできて、
何不自由ない自分の人生に、急に期待できなくなってしまった。


アップダウンが今までになく激しすぎだろう。どうした。笑

2011/10/04

インターンシップ終了のご挨拶


こんにちは。ハマムラです。



2011年9月30日をもって、Akiyoshi India Consultingでのインターンシップを終えました。

ブログを見て頂いた方、2ヶ月間ありがとうございました。


この2ヶ月間、たくさんのことを学ばせてもらいました。
インド人から、駐在員の方々から、そしてAICの皆さんから。

その中でも、ぼくが一番来て良かった、と思うことについて
書き記したいと思います。







簡単に言うと、やりたいことが見つかったんです。


ぼくは、カッコ良く「世界一周!」なんて言ってますが、
所詮、理由は就職活動からの逃げでしかありませんでした。

大学4年の9月になっても、就職する覚悟が決められない。



「ぼくが一生を懸けたいものは何なのか」




それだけをずっと自分自身に問いかけていました。

でも、問いかけているだけで、何も見えなくて
時間だけが過ぎていくばかりでした。

そんなとき、ふと思ったんです。






「世界に出てしまえ」と。



特に理由はありませんでした。
ただ、この凝り固まった思考から抜け出したかったんです。


そうして、ぼくは今、このインドにいます。






インターンシップに参加したのは、これもまた「衝動」でした。

3ヶ月の旅を経て、同じような遺跡巡り、同じような旅人の出会い、
同じような景色。

ぼくは猛烈に、何かを欲していました。
そんなとき目に飛び込んできた、求人情報。


一秒たりとも迷いませんでした。
すぐに応募し、面接を受け合格。




インターンシップの面接は適当に考えて取り付けました。
とりあえず、何かに没頭したかったんです。







インターンシップの日々は楽しかったです。
今まで目を背けてきた自分の無力さと、
今まで出会ったことのない人たちに出会えて、毎日が濃い日々でした。





そこで、ぼくは一人の馬鹿野郎に会いました。
彼はぼくと同じ、インターンシップでインドに来ていて、
長髪がトレードマークの男でした。

彼はどこでも自分の思いを馬鹿みたいに語りました。
彼より一回りも二回りも年上の大人にも、
馬鹿みたいに同じことを熱く語っていました。


ぼくはその姿を見て、

「こいつ、かっこいいな」

と思いました。


彼はまだ学生で、何も結果を残せていません。
彼の夢は全くと言っていいほど、達成できていません。


それでも、彼にここまで「やりたいこと」があることを
とても羨ましく思いました。

そして、彼のように夢を持っている人の力になりたいと
いつしか思っていました。



世の中の成功者と言われる人には、必ず手助けする人がいる、と言われています。

かつて本田宗一郎に藤沢武夫がいたように、
リーダーのサポートをする右腕が「夢の達成」には必要なんじゃないか、と。


特にこれといって、やりたいことはなかったぼくですが、
彼を見ていて、「彼を勝たせたい」と純粋に思うようになっていました。



ぼくは彼のもつ夢のためなら、泥水でも飲むことができる───。



ふと、そう思っている自分が嬉しくなりました。
ぼくはそれまで、やりたいことが特になく、なあなあと生きていたのですから。








自分が悩んでいた答えの一片を、このAICのインターンシップで
見つけることができました。

でも大事なのはここから。まだ、始まりに過ぎません。
気合いを入れて、これからの世界一周の旅も頑張って行こうと思います。

そして、もうインドにインターンシップに来ることはないでしょう。
次は「本番」でやってきます!


今までご覧頂いた皆さん、ありがとうございました。
これからは旅の様子をブログに挙げていこうと思います。

引き続き、どうぞよろしくお願いします。





2011.10.4 濱村拓巳

2011/09/19

善くも悪くも。

今ある状況が恵まれすぎて、
そんなのは当たり前ではない、と思いつつも
それに浮かれてしまう自分がいて───。


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この世界一周の旅の途中で、
インターンシップをすることができて、
本当に良かった。

旅では出会う事の無い人たちに出会うことができ、
その中でも一生付き合っていきたい人たちに出会えた。



ぼくの考えは、少しずつ変わっている。
善くも悪くも。


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ここ最近は人に会う機会がとても多かった。

どこかでぽーっとしたいな。
でもインド出たらまた一人だから、しばらくそういう時間があるわけだ。

振り返ると、インド、旅行者だったときと今を比べて
以前の「濃さ」とはまた違った「濃さ」を体感できてすごくいい。



2011/09/14

The Interviews

今流行りの。やっちゃった。しごとたくさんあるのに。笑
■The Interviews
http://theinterviews.jp/thamamur/1079935


こうやって書いてみて、1時間経った後に振り返ると、
「こんな人間なんだ」ってわかって面白い。

でも実際は、書いた事はもっと複雑だったり、
書かなかった事はそれはそれで、ドラマとして記憶していたりして。

このインタビューは長たらしく書いたけど、
4年間楽しい思い出が本当にたくさんあって、嬉しかったなー。


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ここ最近で、人生相談をした。
本当は取材のつもりで行ったんだけど、なぜかそういう流れに。


そのとき、
「お前は泥水を飲んででもやりたいことってあるの」
って聞かれて、

うっ

ってなった。



だって、そんな情熱を持てるものって特になかったから。
情熱を持ってるように見せる事はできるんだけど。
そういうのって見破られちゃうもんなんだよな。



それからよく考えてみたんだけど。



・・俺はやりたいことがないんだけど、居たい場所ならあるみたい。

そういう、情熱を持った人のそばに居たいらしい。



あわよくば、その人が喜ぶ姿を一番近い場所で見たいらしい。





そうやって考えると、今までの自分の行動とか
あー、そういえばこういう心境だったな、とか思えて
腑に落ちる事が多いことに気づく。




まぁ、その場所に本当に居たいなら、それなりの努力をしないといけなくて、
楽じゃないっていうのが見えたから
もうちょいちょい、頑張らないとなー。


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たぶん、俺はマンガの主人公になりたいと思って
なりきれない脇役の一人。

でも絶対にそのチームに、自分の役割は存在すると思う。


中学校の野球部、ぼくは足も遅くプレーも下手だったが、
ベンチの外で、声は誰よりも出していたという自信がある。


たぶん、あの中学校の小さくて弱っちい野球部が、
まさにぼくの人生の縮図を表していたのかもしれない。










2011/09/08

ムカついとく。


本気で叱ってくれる人っていうのは本当に少ない。

大概は僕の見ていないところで、
飽きられたり、見捨てられたりといったことの連続。

だから「叱ってくれる人に感謝して大切にしなさい」なんて言う人がいるけど、
あほかって思う。

叱られた瞬間は悔しくて、悔しくて、むかつく。
だからそんな高尚な事はできないと思うし、
プライド高いからいつもむかついてる。


でも大事なのはむかついた後。
ムカついてこんにゃろ、次はやったる!って思って行動に移すのがベスト。

感謝はきっと、後からついてくる。
だから今は精一杯動いて、失敗して、叱られて、ムカついて、やったる!っていう
サイクルを繰り返していく。


まだまだガキで、達観なんてとてもできないから
叱ってくれる人に、できない自分に、ひたすらムカつきながらやってやる。


残り1ヶ月、見てろー。

2011/08/20

ユーザーフレンドリー。

仕事をしていて、ユーザー中心にサービスを組んでいる
仕事をしたいと思う。

いつでもユーザーであるお客様ありき。


ユーザーにとって使いやすいか。
ユーザーにとってそれが本当に必要か。


正直、まだユーザーが見えない。
始めたばかりの事業だからそうなのか、
ぼく自身が自分自身の事で精一杯だから見えないだけなのか。


こういう仕事ができる会社を目指したい。



ぷらすあるふぁ。

+αのことを考えると面白い。
でもそれは自分のやりたい事だから当たり前。

それよりも与えられた仕事をいかに効率よくこなせるかが
本当にやらなきゃいけないこと。


+αは仕事のできる人が言うこと。
それは日本でもインドでも同じことなんだよ。きっと。


2011/08/17

懐かしい

大学生のとき、最も熱中したことを思い出しました。


そして、今でも続けている後輩に熱く語ってしまいました。
やっぱり特別な想いを持ってるんだなぁ。。

原点を思い出した気がしました。
こっちが教えられたな。ありがとう。

そして頑張って。

2011/08/16

誓いのジーンズ。

今日は、戦争記念日でした。
今日は、インドの独立記念日でした。

いろんな人が、いろんな思いを抱くこの特別な日に、
ぼくはジーンズを買いました。





Levisの正規品。
5000円もしました。旅行中の服を300円とかで買ってたぼくにとっては
超高価な買い物。

ただ、セールやってたから、買った訳じゃありません。







今日はエジプト人と日本人数人で夕飯を食べに行きました。
ステーキ屋さん。超うまかった。
で、たどたどしい英語でちょろちょろ話してたんだけど、
ちょうど先日あった革命の話になって。



彼は思いの丈を語り始めた。
かなり長い時間、エジプト革命に対する思いを、英語で。














もう、何言ってるかさっぱりわからん。
専門用語+彼の発音がわからなすぎて、全く話について行けん。
でも周りの日本人はうんうん、うなずいて楽しそうに聞いてる。


もう何も楽しくない。
終いには"You understand?"と言われる始末。
彼の話したい事を聞けず、彼と深い仲になれず、
申し訳ないっていうか、悔しさと屈辱しか残らない。



正直、エジプトで革命があったことすら知らなかった。
正直、自分の英語力すら正しく認識できてなかった。

もっと言えば、





正直、こんなに自分が仕事できないなんて思ってなかった。













この1週間は
「こんなはずじゃなかったのに」との戦いだった。

仕事が進まない事に落ち込んで、
話についていけないことに落ち込んで。
理想の自分と今の自分の乖離が半端無いことになってて、
おれってこんなんだっけ、って何度も思って。





その中で、今日ほど悔しい日はなかったんだよ。
間違いなく今日、挫折したんだよ俺は。




だから今日という日を忘れないように。
今日の屈辱と悔しさを、このジーンズに込めて、
このジーンズを見たら思い出せるように。




二度とこんな惨めな思いしたくないよ。
自分死んでしまえばいいのにと思うよ。


でもこれからもっと辛いこともあるだろう。
そうやって辛い事をこのジーンズと一緒に乗り越えて行くんだよ。

そう決めたんです、今日。



ぼくはもう落ち込みません。
自分がどの位置にあるかわかったから。

もう落ち込みません。
まだぼくには頂点に登りたいって強い気持ちがあることに気付いたから。

2011/08/14

無。力。

もっと仕事ができる人間だと思っていた。

そんなのおごりでしかなかった。

インドに来てみて、
設立したばかりの会社で働いてみて思う。













無力。




仕事のやり方を知らない。効率が悪い。目標を達成できない。会話を盛り上げることができない。気遣いができない。



仕事内容は確かに面白い。
会う人もユニークで刺激的な人ばかり。

でも自分が一番、面白くない。




悔しいから、最も身近な人のスタイルを完璧にトレースする。
すごいと思う、その人になる。自分を徹底的に殺す。
その先に何かが見える気がする。気がするだけ。







修行。

俺は自分から流れを作り出すような天才タイプじゃない。
いつだって努力で上がってきただろう。

努力しなくなったら俺は終わり。
この数年、いつの間にか、本当の努力をしなくなっていたんだよ。
俺は終わろうとしていたんだよ。
それを思い出させてくれているんだよ、まさに今この時間が。

負けないよ。






2011/08/07

微かな違和感。

違和感を感じている。
今の職場の価値観と、自分が思い描いてきた価値観の。


それは悪い事じゃない。
対比するものがあってこそ、本来のものが明確になることもある。


でもおれは人に影響されやすいから、
多忙な中でも自分と話す事を忘れないようにしないとね。


Profession

告白するものがほしい。
自分はこういう人間だという事を伝える言葉が。

きっとProfessionはあるんだ。
でもそれに自信が持てないんだ。他人に「おれはこれができる」と言えないんだ。





劣等感ゆえに。不勉強ゆえに。











もう、動くしか無いだろう。がむしゃらに。

2011/08/05

インドで働くことになりました。


ふとしたことから、8月5日づけで
株式会社AiCというネットの日系企業で
Writerとして2ヶ月の間、インドで働かせてもらうことになりました。

ブログをいくつか持つことになるので、
ちょっとこのブログをどうやって使っていこうかも迷ってますが、
ちょくちょく更新して行こうと思います。

ぜひこちらもご覧下さい。
無精なぼくが毎日更新の予定です。

http://thamamur.sivance.jp/



世界一周は10月から再開です。
それまでもう少し、インドでいろいろ経験してみます。

2011/07/30

こんなに国の為に怒れることは。


時間がない人は15:20くらいから見るといいです。


いつもブログ更新を楽しみにしている人がこの動画の事を取り上げていました。



東電と政府の対応に憤怒している様子を映した動画です。











この動画を見て驚いた事がありました。














この方が言っていたことや怒っている事に対して驚いた、のではなく、
見終わった後、自分が「なぜこの人はこんなに国の為に怒れるのだろう」
ふと思った事に驚きました。





実際に被災地を見て、話を聞いてきた者が思う事じゃない、と思うのに。
自分変わったな。

2011/07/29

カフェ。



意識してなかったけど、新しい場所に移動するたびに
カフェを探しているっぽい。

今日もデリでまったり。






そういえば、日本でもカフェやバーで作業する事が多かったなぁ。
でも意外に作業進まないんだよね。本当に進むのは移動中。笑


だけどまた来ちゃうんだよなぁ。笑

2011/07/27

WORLD – CRUISE



インドで人の喧噪にまみれながら久々にPCを開くと、
以前お会いした@motoi さんからDMが来ていました。

添付してあるURLには


1日3万再生! YouTubeの収益で旅するショートムービー作家”永川優樹”


とあり。

おお、なんだなんだ、と思いながら見てみるとこれがまた面白い。

世界中の街をただ繋ぎ合わせたシンプルな動画を見飽きる事が無い。
ずーっと見入ってしまう。
特にコメント欄を見てみてると、世界中から反応が来ていて
それを読むのも面白い。

世界一周、こんなスタイルがあるんだ。
結局、大事なのは視座なんだよなぁ。

ちょとこれを肴にいろいろ考えてみよう。
@motoiさん教えていただき、ありがとうございました。

2011/07/22

たくみくんって気が利くよね。どうして?


たくみくんって気が利くよね。どうして?


と聞かれた。
インドのバラナシをふと、宿で出会った旅人に言われた言葉。
そんなことはあまり言われないので驚いた。

彼は先に一緒に食事をしていたときに、
僕が体調のすぐれなさそうな友人を気遣っている姿を見てそう思ったらしい。



どうして?と聞かれたけど、わからん。
きっと高校での寮生活が基盤になっているとは思うけど、
実際できていない人も多い。
寮以外の何かが僕にそういう印象を与えているのかも。


でもこの彼の問いの答えに僕は興味が無かった。
逆に、僕は彼がどうしてこういう問いをしたのかが気になった。

なんでかっていうと、僕は自分がこうして気を利かすのが
あまり好きじゃない、と思い始めていたから。
気を利かす、ということは一定の距離を相手と僕の間に作る事と思ってる。

僕はその距離をゼロにすることが得意じゃない。
だからものすごく親しい仲になれない。


彼は続ける。



俺、気を利かすことはできないんだけど、
気を利かしてる人に気付く事はできるんだよね。
気付く度に、「あぁ、俺こんなふうに人に優しくできたらいいのにな」って思うんだよね。
俺、そういうの苦手なんだよ。



それを聞いていて、思う。
彼は僕に無いものたくさん持ってるのに、と。


彼は1ヶ月インドに居て、そのうちの2週間をバラナシで過ごしている。
場所はもちろん、細道も知り尽くして、街ゆく人は彼の友達だ。
一緒に歩いて、立ち止まって話す事もしばしば。

僕はそんな彼を見ていて、「うらやましいな」と素直に思う。
なぜなら、僕は彼ほど現地に溶け込めていないからだ。
彼みたいに、フレンドリーに話したいと思う。
彼みたいに、体裁なんか気にせずに自由にしたいと思う。



他人が憧れるところって意外に自分が気にしていないところだったりするのかな。
逆も然り。


また会いたいなぁ。
彼発端で"BABA会"なる、旅人の飲み会が発足したので、
それもまた楽しみ。
会えるのは何ヶ月後かな。

イケメンハンターと遭遇。


7月12日から17日までポカラに行ってきました。
喧噪の激しいカトマンズに嫌気がさして、
バスで9時間、フィンランド人のユーシーと旅について話しながら到着。
("You see で覚えやすいでしょ?"って言われました。かっけぇ。。笑)

彼は高校卒業した後に6年間、建築現場で働いた後、
大学のinternational business classに入って25歳にして1年生。

高校卒業⇒働く⇒大学入学は結構一般的なんだって。
ユーシーは働きすぎたらしいけど。

一回、働いてみた方が勉強にも身が入る気がするなーと
聞いたときは思ったけど、
結局人それぞれ。
たぶん、フィンランドの制度にも
日本の新卒採用と同様に何か課題があるんだろうなぁ。


---------------

さてポカラに到着すると、バンコクで出会ったJUNが言ってた
「PENGUIN GUESTHOUSE」に。
到着して早々に、「あ、ここ嫌いだな」と思いました。

僕の最も嫌いな匂いが充満する場所。
これをやる人は心の底で軽蔑しています。
でもこのレイクサイド周辺で最も安い宿だったので、結局最終日まで滞在。
値段はGOOD。

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ポカラでは珍しく日本人と5日間も行動してました。
普段は基本一人だからこの状況はかなり珍しい。

名前は咲子さんという女の子で、なんと地球の歩き方のライターさん!
しかもその書いてる内容が「世界イケメンハンター」。笑
しかもしかも、僕は以前からそのブログのファンだったという。。笑笑




その名の通り、どれだけ肉食系な女性なのかと思って
ちょっと期待してたら、
全然肉食系じゃなく、旅好きでフレンドリーな女の子でした。


実は共通の知り合いも多かったり、
同じ宿に泊まった事があったりと共通点が多くて驚き。
当然、話も弾んで楽しい時間を過ごせました。


咲子さんのすごかったところは、
彼女が話すとどんな場所も魅力的に見えてしまうところでした。
僕が既に行った場所、タイやカンボジアの話でも
咲子さんから聞くと「また行きたい」と思えてしまう。
行った事の無い場所ならなおさら。
本当に旅を楽しんでるんだろうなぁ..
ちょっとうらやましい思いで聞いてました。
(いや、僕も楽しんでるんだけどねw)

良かったら彼女のブログもご覧下さい。

世界一周☆恋する咲ログ

世界イケメンハンター
(彼女はジュ○ンボーイで働いてた事もあったらしく、イケメンを見る眼はたしか!らしい!笑)


そんな咲子さんも世界一周で、またヨーロッパで会えそう。
そんなときにはお互いどんな旅をしてるんでしょう。
旅人同士の再会はいつでも楽しみなものです!

2011/07/19

ポカラに到着!!

カトマンズで3日を過ごし、
3日目の朝にカトマンズを出発。
予定より早い出発だったのは、カトマンズの空気が悪くて喉を壊したため。

僕が生まれた頃にあったような四角いデザインの車が普通に行き交うこの国では、
排気ガスがひどい。(ついでにゴミもひどい)

ここでも52歳で旅しているコガさんや仕事の休みを使って来ていたアユミさん、
そして道ばたで楽器を売り歩いているブッディ、
アクセサリーを売っているサニー、ステーキ屋の店員さんと出会いました。



ステーキ屋の店員さんは、日本の女性が大好きらしくて、
既に5人いる彼女に日本女性を加えたいらしいんだが、
「No opportunity」らしい。笑

「どうやったら出会える??」と聞いてきたので


「mixiやれ」って言っときました。
あながち、間違ってないでしょ?w


そんな彼に僕の妹の写真を見せると、
目を輝かせて、「妹を紹介してくれ・・!!もし紹介してくれたら俺の彼女の一人をprovideするよ!!!」と言う。笑


「俺の彼女をprovideする」っていう表現が面白くって笑ってたら、
彼が妹に手紙を書きたいと言い出した。

愛の言葉をつづってくれました。笑
あとで妹に送っとこう。
あんな妹でもモテるんだから、
日本人女性ってほぼ無条件にモテるんじゃないかと思った日でした。笑

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ポカラに到着すると、
以前友達から薦められていたゲストハウス、「PENGUIN GUESTHOUSE」へ。
ドミトリー150ルピー(約180円)、シングル200ルピー(約230円)の超格安ゲストハウスは
実はややワケありのゲストハウス。

好きな人は好き、嫌いな人は嫌い、そんな場所です。(僕は完全に後者)
気になる人はぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。

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ポカラはトレッキングをはじめ、パラグライディング、ラフティング、スカイダイビングが有名な場所。何よりカトマンズの二万倍空気が綺麗で、落ち着いた場所。

インドの前にゆっくりすることに決め込みました。
次は楽しかったポカラのことを書くことにします。
でもその前に、ガンジス川を見に行きたいので、そのあとに。^^

7月10日、ネパール到着!

早朝7時、慣れ親しんだカオサン通りを出発。
この旅で最も時間を過ごした場所で、たくさんの出会いがありました。

カオサン、全然飽きなかったなぁ。
特に何があったわけではないけど、また帰ってきたいな、と思う場所になりました。


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カオサン通りからスワンナプーム空港まで130バーツ。(日本円で約390円)
早速バスに乗り込むと、隣りに中国人ぽいけど、日本人っぽい女性が座ってました。
話しかけると日本人で、彩さんという、今中国に住んで映画や番組の音声さんをやってる方でした。
今回はたまたま、バンコクにビザの更新と旅行で訪れたようでした。


日本語を思い出し思い出し使っているという、彩さんの話はとても面白かったです。
中国人の声がやたら大きいのは、中国人が円卓を使ってご飯を食べるからだ、とか、
中国人との結婚はありかなしか、とか、(笑)
映画監督を諦めて音声さんをやることにしたのはなぜか、とか。

スワンナプーム空港まで30分、40分くらいの道のりも
あっという間で、搭乗ぎりぎりまでずっと話し込んでいました。
それくらい魅力的な人でした。

どんな形であれ、目標に向かって頑張ってる人は目が輝いてる。
中国に行くときあれば、必ず会いたい人です。

-----------

ネパールの首都カトマンズまではリッチにタイ国際航空を利用。
サービス精神旺盛で、機内食のチキンカリーもうまし!
搭乗前にラーメン食べたけど、関係無しに食べちゃいました。
カンボジアで体調崩して以来、体重落ちてるからちゃんと食べなきゃなぁ..

さて、4,5時間のフライトを経て、いざ着陸ーってときに
隣りのネパール人が
「空からMt.Everestが見えるんだぞ!」って教えてくれました。(でも結局雲に覆われて見えない。涙)
でもそれをきっかけに話が弾んで、彼がHONDAの社員であること、何度も日本に来たことがあることなどを話しました。そういえば、飛行機の中で友達ができたのは初めての経験。

-----------

さて、入国。


・・のはずが、入国には25ドル必要らしい。






おや、今持っているのは24ドル・・???笑




まさかの準備不足&押し寄せてくる絶望感。笑




にゅ、にゅうこくできねぇ。。。





あたりをキョロキョロすると、青い服を来た日本人の女性の方を発見。

「1ドル貸してもらえませんか?」と聞くと
「細かいのないから10ドル貸すよ。ホテルに返してもらいにくるのも申し訳ないから、
日本に帰国したときに旅の話を聞かせてね。」と言ってもらいました・・!!

その女性の方は僕がいつもお世話になっている、CHOYA梅酒の海外事業部の方でした。
お金足りなくて絶望しかけていましたが、
またこうして縁ができたことが嬉しかったです。
帰国したら必ず挨拶に行こう。


-----------

というわけで、ネパールの首都カトマンズに入国。
入国時に話したアキラさんと一緒の部屋に泊まりました。

アキラさんは歯学部の学生で、節電で急遽大学が休みになったので
ネパール、インド、タイを1ヶ月で旅行するとのこと。
ボクシングをやってて若干強面ですが、
笑うと人なつこい顔をする、優しそうな人でした。


というわけで、ネパール入国!!!




※いつもよりブログが丁寧なのは、「ブログを更新せよ・・!!」とのお告げを受けたからです。見てくれて楽しみにしてくれる人が一人でもいるってことは、嬉しい事だよね。
でもけっこうタイムラグがあって今はインドにいます。笑

2011/07/09

盗難にあった!!

昨日あんなこと書いたおかげで、
早速誰かがバックパックの中を漁ってくれましたよ。

感謝!!!





感謝するかばか!!






超焦ったよ・・
まぁ幸い、入れてたスペアの財布は見つからなかったみたいで、
クレジットカードは無事でした。パスポートやPCほか、大事な物はちょうど持ってました。
でもなぜかカラビナだけ無くなってました。

同乗したイギリス人は時計とカメラと、ライトを盗まれてたんだって。

残念そうな顔をしてたから「それもネタになるよネタ!!」って言いたかったけど、
かなり深刻な顔をしてたから控えときました。
(ちなみに英語でもなんて言うかわかんなかった)


けっこう頻発してたようで、
先日乗ってきたバンコク発のチェンマイ着のバスでも盗難があったみたい。
東南アジア一周してきて、こんなこと初めて。
ちょっと気を引き締める気にはなったかな!でもまだパスポートなくしたほうが面白くなると思ってる!やっぱりばかなんだとおもう。笑


-----------------

そういえばチェンマイ、楽しかったです。



The salad concept.
ぼくの旅が本当に始まった場所であり、
今まで巡ってきた場所の中で最も心の休まる場所。

この旅でこんな素敵な場所ができたことを心から誇りに思う。
また帰ってくるんだ。

2011/07/08

そういえば

そういえば、まだパスポートやクレジットカード、お金類を
盗まれた事が一度も無い。

2ヶ月経ってもなお、だ。

僕の警戒心が強いのか、運が良いのか、悪いのかわからないけど、
正直これでは日本に帰ってみんなに合わす顔が無い。


きっと帰国して飲みにいくときは、
「一番大変だったことは??」とか聞かれるんだろう。

そのときに、「トイレの紙がなかったことくらいかな」なんて言いたくない。
そんなん、日本でもある日常茶飯事だ。

せめてパスポートくらい無くさないと、話のネタにならない。
僕は話がヘタクソなので、中身の凄さで勝負しないと何も面白くないからだ。



というわけでパスポートとかお金を盗んでくれる事を期待しつつ、
今日もバスに乗ります。

あ、でもPCとiPhoneはやめてほしいかな。
「パスポートなくした!!!あぼーー!!!」ってつぶやきたいから。笑

2011/07/07

シンプルは自分にとってのベスト。



目の前の事がシンプルに頭にすっと入ってこないときは、
「こうしなければいけない」っていう糸にがんじがらめになってる。
でもその糸は自分でほどこうとしてもほどけなくて。

誰かに「からまってるよ」って教えてもらわないとその存在に気付かない。
でも気付いた瞬間、シンプルに考えられるようになる。

そういうことを何度か繰り返して、
自分がどういう糸に引っかかりやすいのか、わかってくる。

つまり、自分にとってシンプルじゃないことは
自分にとって最適な選択肢じゃないということ。


だって一つの線になってないってことは、
まだ点と点の状態で、わかってないってことだもんね。笑

2011/07/06

I love youの言い方

またブログが久々になってしまった。ごめんなさい。笑
いまは心のふるさと、チェンマイに帰ってきました。

ここはまさにホームプレイスで、
1ヶ月半前に1週間居ただけだったけど、思い出たくさんの良いところ。
友達とバイク乗ったり、レストランで働いたり、夜遅くまで踊ったり、
よくウイスキー飲みすぎてタイ人に何度か介抱されてたなぁ〜。笑

ネパール行きの飛行機が10日だからちょっと遊びにきてます。


というわけで、今日はタイ人の友達が働いてるカフェへ。
28歳のタイ人、エー。

彼女は、僕が以前働いていた「the salad concept」で働いて知り合った仲。
今は違うところでカフェやってるんだって。

しかし、驚くべきは彼女、40歳の日本人の彼氏がいるらしい。笑

付き合ってるって聞いたときは最初は、ひっかけられたんだ、かわいそうに。。。
という目で見てたけど、
毎日電話してるって話(!)聞いて、彼が本気なんだなって思ってびっくりした。笑

彼とはまだ2回しか会ってなかったらしいんだけど、
地震があって、メールでいろいろやり取りして付き合うことになったんだって。
思わぬところで地震の影響。笑

彼は結婚する気まんまんなんだけど、
彼女はもっとお互いの事を知ってから結婚したいんだって。
タイ人ってお金持ってる人種は関係なくモテると思ってたから、
ちょっと彼女の答えは意外だった。でも、本気で恋愛してる感じで
ちょっとこっちもにやにやしてきちゃったよ。笑


そこで、彼女が「I love youって日本語でなんていうの?"あいしてる"の他は?」
って聞いてきた。

ん、あいしてるの他ってなんだ???


ぼくもわからなかったから、なんでそういうことを聞くのか聞いてみたら、
日本には愛してるの言い方が複数あるってどっかから聞いたらしい。

あーなるほど。ふむふむ。

ということで、ぼくなりのI love youを教えておいた.






「おまえのくちびるに恋してる」って言っとけば間違い無しって。笑


彼女、嬉しそうに「今日の電話でそう伝えるわ!きっと驚くでしょうね!」って言ってた。

うん、きっと驚くと思うよ!と言っておいた笑
でも本当に幸せそうだった。超遠距離なのに。ちょっとうらやましかったな。

2011/06/27

そっか。

今日、ネットしながら思った事。

ここ一ヶ月、旅をしてきたわけだけど、
その行き先はほとんど、同じく東南アジアを旅行している人から聞いて決めていた。

「ベトナムのホイアン良いよ〜」とか
「カンボジアのシェムリアップが最高!」とか。

そういうことを聞いて、じゃあ行ってみようかな、ということで
行ってたわけなんだけど、
やっぱり、僕はことごとく世界遺産とか興味ないみたい。笑

ここがかの、有名な・・!!
と言われても、「あーそうなんだ」ということしか言えない。笑
もちろん、観光地はその国の歴史背景とかを勉強するにはもってこいなんだけど。

そういうものを見るよりも、
どうやってその観光産業を盛り上げようとしているのか、
またそこに在住している人はどういう仕事をしているのか、ってことに興味がある。

もっと言えば、その国で働いている人や
その国で普通に流行しているものに興味がある。

だからそういうことを知り、勉強する旅にしたいな、と思いました。


そういう視点でいると、
また違った場所に目が向く。
例えば、インドだったらバラナシやタージマハルより、
産業が盛り上がっているバンガロールに興味がある。


そういう観点で見る旅もまた、面白いのかも。
その視点をくれたのは彼のブログでした。
良ければ,ぜひ見てみてください。

http://eguchishintaro.com/2011/06/23/coworking/

2011/06/26

所感

もう既におなじみになった、Bangkokに戻って来ています。
旅の始まりとなった場所、Bangkok.

2度目になると自分の物の見方が変わっている事に気づかされます。

特に、物乞い。
物乞いに対する意識がかなり変わったように思います。
当初、つい1ヶ月半前は、
彼らがみすぼらしく、悲壮感漂う様子に目を背けていました。
だって、乙武さんみたいな人から、今にも死にそうな子どもを抱えた女性まで、
様々な人間が地べたに座り、金銭を乞うとするのだから。

でも今、また彼らを見ると、また違った思いを抱きます。
もちろん、可哀想と思いますが、
なぜ、働くことを諦めるのか、という憤怒にも似た思いを抱きます。

なぜ僕はこんな思いを抱くのか。
それは、Bangkokよりもっと田舎の地域で、チェンマイやラオスのPakse、
カンボジアのシェムリアップなどで
身体的障害を抱えているにもかかわらず、生き延びる事を諦めない人を見てきたかもしれません。

先天的に盲目になってしまったり、
もともと家が貧乏だったり、
地雷で片足を失っていたり。

そういうハンデをものともしないほど、
彼らは演奏活動に取り組んでいたり、ココナッツを売っていたりするわけで。

だから安易に旅行者から金をもらおうという、物乞いが
卑怯にも思えてきたし、そういう人を作ってしまった僕ら旅行者にも
責任があるなーと思います。

やっぱり与える、Giveだけじゃ人も国も成長しなくて、
きちんとTakeしないとその分成長しないのかもしれない。

うーん、むずかしー。


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旅行してると、よく旅行者から聞くこと。

「ベトナムは面白かった!」
「バンコクはやっぱりさわがしいから好きじゃない」
「ラオスはまったりしてて良いよね〜」
「カンボジアのブノンペンは何も無いから行かなくていいと思うよ」

まぁ、いろんな国、場所の評判を聞くわけです。
参考になる事もあったり、ならないこともあったり。
でもこういうことを聞くと、善くも悪くも先入観になってしまいます。


旅行者の中には、こういう他人が植え付けた先入観をもとに、
旅先を決める人は多いし、実際僕もそうすることがあります。


でも、なるだけ、僕はその場所のことを話すときに、
僕が体験した事だけを話し、一概に良かった/悪かったを言わないようにしています。

なぜなら、その国・場所を語るときに、
1週間やそこらの滞在で語るのは時期尚早すぎるし、
ましてや良い悪いなんて、たいてい出会った人に左右されるわけだから、
どの話もものすごく曖昧な話だと思うからです。

もしかしたら、ものすごくつまらない場所だと言われているところでも、
そこに住む人がものすごく優しい人たちで、その人にとっては、
居心地の良い場所であるかもしれません。


旅行者が見ているのは、いつまで経っても一場面だから。
だからそれが全てであるように語るのは、ちょい違うと思います。

でも見て感じてきたことを、お互いに意見交換する事は大事かな。
違う場面が見ることができるし、言葉にすることで感じる事ってあります。

結論、どんどん国や場所に対する意見を言ってやったら良いんですよ。
でも、言った後にちゃんと付け加える事が大事!


「ベトナム、クラクションばっかりでうるさかったし、
勧誘もしつこい人多かったよ・・」


「でもこれが本当かどうか、自分の目で見てきたらどう?」


自分の人生だから、自分の目で見て感じることが大事ですね。
それは国や場所にとってのすべてではないけれど、
その人自身にとってのすべてだとおもた。

2011/06/25

カンボジアにて

今夜はかものはしの代表の青木さんと、
現地の旅行代理店で働いている八木さんとお会いする機会があり、
2時間ほどお話を伺いました。
(と言っても、たまたまゲストハウスのレストランに来ていて
ばったりお会いしたという感じw)

カンボジアにあるNGOの存在意義や
なぜ日本がここまでカンボジアに介入しているのか、という話から
日本のワークスタイル、人生観まで話を聞き、とても楽しい時間でした。

もう眠いので割愛しますが、
思った事は3つ。

キャリアプランにこだわらずに、自分のやりたいことをやるということ。
同期が働いて焦るのではなく、今、自分のしていることに自信を持つということ。
目指したい人になるのではなく、一緒に働きたいと思わせる人になるということ。


まぁ、でも海外で働く、
特に先進国ではなくインドやカンボジア、タイなど
新興国で働くのも面白そう、と思った夜でした。

こうやっていろんな人のライフスタイルを知る事で
今まで築いてきた自分の価値観がすごい勢いで壊されていくことが、
善くも悪くも面白い。
こういう人との出会いは、大切に、そしてお会いした際は
偽りのかっこつけの自分ではなく、
誠実にありのままの自分で勝負したいな、と思います。

勝負って言い方も変だな。笑
さ、明日は久々のバンコクです。

2011/06/12

SENGという若者。

次はラオスのPakseというところで記したこと。
スピードボートで到着したルワンパパーンよりだいぶ下にある、
ラオス南部と言われるところ。

本当はバンビエンというところから、
ベトナムのフエに直通バスで行きたかったんだけど、
バスが運行していなく、やむなくPakseへ。

それでもバスでオランダ人と仲良くなれたり、
ラオス人と仲良くなることができた。


無理に笑ってるのは、全力で車酔いと酒酔いしていたためです。
このあと2時間くらい話して、トイレにこもって吐きまくっていました。
久々の車酔いでしんどかったなぁ。

そのあとはPakseの出店で休んでいると日本人とばったり。
仕事を辞めて来ているらっきーさん。


とても気さくな方で、話がとても面白かった。
このあとはバンコクに行って、一度帰国するとのこと。
帰国した後は、オーストラリアでワーキングホリデーを
するかもしれないと言っていました。

自由なライフスタイルでかっこいいね。



ということで、前置きが長くなったけど、
Pakseの話を書いていこう。
(前置きだけど、素敵な出会いでした)

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今日はsengという28歳のラオス人と仲良くなった。
彼は妻と一緒に市場でココナッツジュースを売っている。
きっかけは、ふと僕が立ち寄った市場に、
物珍しいココナッツが売っていたところから。

切っているのはsengの奥さん。

興味深そうに見ていると、彼が刃物に慣れたふうに
ココナッツを切り落とし、客に渡している。
僕はココナッツジュースがどんな味をするのか、
知らなかったので彼に聞いてみた。

すると、彼が優しそうな目で答える。
しかも英語だったので、僕はなおさら嬉しくなった。
(ラオスで英語を喋れる人はまだ少ない)
「ラオスに滞在して1週間になるけど,まだ友達いないんだ」、と言うと、
「じゃあ僕が最初の友達だね」と彼は言う。

30分程度だけど、いろんな話をした。
ラオスでは宝くじが流行っていて80万キップが当たること、
でもsengはお金がなく宝くじを買えないこと、
奥さんと一緒にココナッツジュース屋を経営していること、
ラオスの市場は18時に始まり21時に閉まること。

そこでお前は何をしてるんだ?と聞かれる。
8ヶ月かけて世界中を旅している、と答える。


この流れでいくと、必ず聞かれる質問がある。
それは、お金。
お金はいくらかかるの?と必ず聞かれる。日本でも同じだったけど。
だけど、日本ではさらっと答えるこの質問も、
途上国では言葉にしにくい。
彼らができないことを僕は常識的に知っているから。
でも事実を言う。だって欺いたところで何もならないから。

彼に、およそ100万円、と言う。
そしてキップ(現地通貨)に直した残高を計算して見せる。
案の定、彼は驚く、そんなお金僕は持っていない、と言う。

100万円をラオスの現地通貨に直すと
"100,249,371K"。
その日、彼が売っていたココナッツジュースの価格は5000~6000K。
全財産を投下する勢いでなければ、
絶対に払えない額だ。
しかも彼には奥さんもいる。

でも一番印象的だったのは、彼が金に貧しくても、心に貧しくなかったところ。
僕は彼から、ココナッツジュースを買った。
友達になった証に、というのと、ラオスの記念に。

当初、彼は6000Kと言ったけど、
仲良くなってからは5000Kにしてくれた。
でも僕は友達になったのが嬉しかったから、
チップとして10000K払うよ、と言ったら、
彼は断固として受け取らない。
そして終いには、僕をメコン川周辺の街を案内して、
その後、僕のゲストハウスまで送ってくれると言う。

え、なんでそこまでしてくれるの?と聞くと、
TAKUMIが僕にとって初めての外国人の友達だからだよ、と言う。

嬉しかった。
ラオス最後の夜に彼に出会えて、本当に良かったと思った。




彼は僕に二つの気づきを与えてくれる。
一つは、彼は貧しくとも心は貧しくないということだ。
その場限りの関係であっても、
彼は人を大切にすることが、金を稼ぐことより大事だと知っている。

それは日々日本で生きるひとたち、僕を含めて重大でかつ、
本質的な気づきではなかろうか。

友達との時間を大事にする。
家族との時間を大事にする。

一期一会の時間を最も尊ぶ。

彼は僕からもっと金を踏んだくれたはずなのに、
そうしなく、更に時間を費やしてくれた。
そこに、浅くとも本当の友情を感じずにはいられない。


二つ目は、僕自身の境遇だ。
僕はこうして、何不自由無く旅することができている。
金もそう困らず、家族も健在で幸せに旅をできている。
しかし、多くの人はそうではないことに、
この旅をして気付かされる。

多くの人は金がなく、その場所から離れたことが少なく、
ましてや世界を旅する、日本に来る、そういうことができないでいる。
彼らにとっては、ほぼ永遠に世界は未知の世界。

裕福な人、例えば僕のような人間が
既に世界に触れる才能を持っていることに気付かされる。
ただ、そういう境遇にあるということだけで”才能”だと気付かされる。

じゃあこの才能をどこで、何に使うか?
ただこうしてひけらかすつもりはなく、
彼らに対して直接的に、間接的に何ができるか?

その答えをまだ持ち合わせていないけれど、
彼らのことをどこか、頭の片隅で感じながら、
その決断をしたいと思う。


・・なんか夏目漱石の「こころ」を一気に読んだから
文章がらしくないな。笑