2011/10/21

オレは今、谷底にいる


答えが見えないとき、いつの間にか本田の動画を見ている。

2011/10/20

■ケニアメモ書き


■ケニアメモ書き

・携帯の所持率が高い。
実際どれくらい?
背景にSafaricomやモバイルバンキングのm-pesaも関係してそう。

・平均年齢層
若い人が多い印象。
あと女性を見ると10人に1人は妊婦さんのような気が。

・平均収入
物価が高い。
カンボジアで160円で泊まれたのが、ケニアでは1000円は普通に超える。
ガソリンのレギュラーも1Lあたり、120円と高い。
なぜここまで物価が高いのか、収入はどれくらいなのか?

・日本の中古車が多い。
「仙台オート」で販売されていたものなど、中古車を大量に見かける。
輸入経緯と価格帯を知りたい。

・渋滞が多すぎる。
特にナイロビ市内。道路は整備されているが、
こまい道が少ないから?都市設計的なところを知りたい。

・仕事はどのように探してるのか。
街中でJOBSと書かれた掲示板を見ている率高い。
リクルートみたいなサイトはないのか?
インドでは知り合いの紹介で仕事を受けたり、
Linkdin、Monsterなどのサイトから仕事を受ける事があった。
ケニアでは?

・主食はチキン?
フライドポテトにハンバーガー、ビーフシチュー。
欧風な食事のスタイル。これはどこから来てる?植民地時代の名残?

・オバマへの支持
本屋に行くとオバマに関する書籍が他の国より多かった。
彼が支持される理由は?

・Casinoが街中に多い。
合法?行くのはどんな人?
一度潜入しても面白い。

・ドーナツ
ドーナツ、だいたいどの国に行ってもある。
タイ、ネパール、インド、ケニア。
グローバル食べ物。

・スーパーでコンドームのCM
Popmediaという番組?でコンドームのCMやマラリアに関する
割とクリエイティブ系なCMが流れていた。
政府がスーパーに介入して、普及させる戦略?
日本のスーパーでコンドームのCMはまずありえないので、
エイズ問題にかなり力を入れている事が分かる。

・Got Talentという番組。
インドでもケニアでも見かけたこの番組。
発案したのはどこの地域?
番組の版権が海外に売られているのは面白い。
日本でこういう類いはあるのか?めちゃいけの中国パクリの話は聞いたことがあるけど。

・モッタイナイの人。
最近亡くなった、マータイさん。
実際何した人なのか。

・ネルソンマンデラさん。
市内の本屋に行くと彼に関する書籍多し。
聞いた事あるけど、誰だっけ。

・ビジネスマン、ハゲばっかり。
日本のサラリーマンに坊主は稀少だけど、
アフリカではハゲばっかり。髪質が違うんだろうな。

・マサイ族のビジネス
マサイ族と旅行代理店は提携してる?
コンビネーション良すぎ、マサイ族英語うますぎ。


以上。
まだ滞在するから、付け加えとくこともありそう。
考えれば考えるほど、興味がわくケニア。いいね、楽しい。
ちゃんとまとめたいねー。

■トルコメモ書き


■トルコメモ書き
(メモした紙を無くしそうなのでこちらに避難。近々ちゃんと調べたいこと)

・電車がチンチン電車。(チンチン、ではない)
踏切が無く、イスタンブール市内ほぼ全域に路線がある。
これによって便利になった点、事故、遅延などの課題点は。

・カフェやレストランの人気席は外のテラス。
外観が良いから成せる事。インドだったら汚くて無理。
外でコーヒーをゆっくり飲みたかったけど、ランチのみ、とのこと。
回転率をあげるためか。

・革製品が多い。
モロッコでも多いと聞く。なぜ?

・巨乳美人多い。
これはほんとになんで。

・トルコの車はワーゲン、BMWが多い。
大型バスなどの商用車にメルセデスベンツ。
日本車はほとんど見かけない。中東では販売戦略失敗?
一応、Nissan、Suzuki、Toyota、Kawasakiのディーラーは発見。
しかしなぜかどのディーラーも大型道路の脇に店を構えているのはなぜ?
トヨタの販売戦略について調べる。

・貿易が盛んらしい。
地理的理由が大きいと思うけど、理由をちゃんと調べる。

・インフラがめちゃくちゃ整備されてる。
インドと比べる事が間違っているかもしれないが。
政府が優秀なのかもしれない。実際、トルコでは一人の独裁者が宗教まで変えたという話も聞く。

・停電が無く快適。
エネルギーはどこから来ている?

・トルコの歳入の割合。
観光が大半だと思うが、鉱山があるとも聞く。実際は。



以上。
トルコくらいの国になると日本語のデータがないので、
(時間があるときに)英語でも調べる。

・・やるのか?w

高いレベルの感動


本日3記事目。
1記事あたり15分程度ってところか。。

先の記事でマネジメントについて書いたけど、
僕は将来的に報酬が発生しない場所でのマネジメントをしてみたいと思ってる。

つまりボランティアのマネジメント。
これは今まで僕が学生生活でしてきたことで、
僕が失敗してきたことの一つ。

自分を例に挙げると、
僕が働きたいのは金を稼ぎたいからではなく、
高いレベルの感動を味わいたいから。

それは目標を達成したときの「感動」であったり、
信頼できる仲間と達成に向けて目指していくプロセスにわくわくする「感動」であったり、
そういうものを一生でできるだけ多く味わいたい。

こんなふうに僕の場合、かっこつけでもなんでもなく、
ただ単純に「お金が動機ではない」と言えてしまう。

こういう人、実は自分以外にもたくさんいるんじゃないか、と思っているし、
NPOや学生時代の活動でかなり確信に近づいている。


そういう時代の変化の中で、
「金銭的インセンティブの他にどうやってメンバーにやりがいを感じてもらい、
プロジェクトの成功に導くのか?」
の答えとして、マネジメントが挙げられると思う。

マネジメントがボランティアのプロジェクトで果たす役割は以下の3つ。
・本人が希望している役割としてほしい役割とのマッチング
・モチベーションを維持するためのケア
・金銭的リターン以外のインセンティブ設計

メンバーを魅力的なビジョンで導くリーダー的なポジションというよりかは、
環境を整備して心地よくドレイ(お金もらえないのでw)として働いてもらう、
クッション的な役割を果たすのがマネジメント、だと思う。

そういうミドルマネジャー的なところ面白そうだよね。
だから道路掃除のおばちゃんのボランティアから、結婚式の二次会、
TED並みのプロジェクトまでいろんなところで、経験を積んでみたいなぁ。

以上!
さて、たまりにたまったタスクやろ。笑

自由に制限を


インドでのインターンシップの課題で、
事後レポートを提出するのに、
おそらく4日くらい費やした。

「インターンシップで何を得たのか?」
という問いにうまく回答が浮かばず、
書いては消し、書いては消しの繰り返し。

結局今日、10分足らずで書き上げてしまった。
なんだったんだ、この4日間・・。


なんでこんな時間かかったんだろう、と考えてみると、
このレポートは、字数制限もなく、
誰に対して書くという指令もない「自由」なレポートだったからじゃないか、と思った。

逆に今回は書く前に、ルールを決めて書いてみたらすっと書けた。
・A4、1枚以内におさめる。
・海外インターンを考えてる学生に対して書く。

書き終えてみて、自由なものを自由と受け取ったらうまくいかないんだなぁ、との気づき。

「100万円を自由に使っていいわよ!」と永作博美似の美女に言われたとしても
全く使い道が思いつかないし、面白みを感じない。
むしろ、「この100万円と1本のペットボトルを使って5倍にしなさい」のほうが
より使い道をイメージしやすいし、興味深い。

こんなふうに考えていくと、二つのことに応用できるなーと思た。

まず自分の旅について。
基本的に自由で、どこに行ってもいいし誰と会ってもいい。
でもここで「必ず行った国それぞれでホームステイをしなくてはいけない」と決めたら?
「一つの国あたり100ドル以下で生活しなくてはいけない」と決めたら
そこに面白みをもっと感じるかもしれない。

ちょっと退屈な旅が、もっと面白くなるかも。


次に、マネジメントの立場になったときに。
僕は人に指図するのが大好きで、よく弟や妹を顎で使うのが得意な人間です。
だからマネジメントっていう言葉に過剰反応してしまうので、
きっとそういう場所に憧れてるんだと思いますです。
将来、自分がマネジャーになったとして、
部下がどうやったら楽しく、やりがいを感じて仕事をしてくれるか。
この問いはNPO時代からのテーゼだったりします。

部下への指示として「これやっといて」と言うだけじゃなく、
「30分以内にWordを使ってこれやっといて」と言うだけで
だいぶ頭働かすようになるなーと。

そしたら限られた制限の中でいかにアウトプットを出すか、というところに
意識がいくだろうから、
うまく組織も回るようになるかな。


以上、二つ。
書いてみると改めて、自分自身が自由の中でルールを設定して
遵守し、工夫できないことには意味ないなーと。
精進、精進。
あれ、目の前にいるドイツ人かわいい。。



ケニア4日目


ケニア4日目。
今日は終日どこにも行かず、作業Day。
メールを書いたり英語の本を読んだり、タスクをこなしたり。
観光や誰とも話さない日があると落ち着く。
いや、単純に仕事たまってるだけなんだけどね・・。


アフリカでは窃盗が多いと言われる。
事実、ケニアの宿にある「情報ノート」を見ると
2ヶ月前に宿の一歩外で窃盗にあったという生々しい話が書いてあった。


彼らは「生きるか死ぬか」の世界で生きているから、
窃盗するのも命を懸けてくる。
だから半端なことをすると、自分自身も危ないことになる。

そんな話を誰かから聞いて,

「あれ、俺死ぬ気で何かやった事あったっけ?」

と考えてしまった。
きっと何回もあったと思うけど、
次の瞬間から明確に自分がこの世からいなくなることは
想像もしていない、言葉だけの言葉だったと思うし、
アフリカに住む彼らからしたら、取るに足らない「死ぬ気」だったんじゃないかなーって思う。


インドでは火葬場で人が焼かれるのを見て生き死にを考えたが、
アフリカではその生きる姿に考えさせられる。





うーむ。

さて、そろそろ部屋に住まう蚊を退治しにいこうか・・涙

2011/10/15

英語。


最近、英語を話せない事が相当のコンプレックスになっていて、
外国人はおろか、日本人とも上手く話すことができずにいる。

原因はトルコで一緒に食事したブラジル人とドイツ人。
ブラジル人が何を言っているのかはわかるのだが、
ドイツ人が何を言っているかわからないときがあり、
聞き返す事が多くなると、彼は僕ではなくブラジル人に向かって話し出すのだ。

3人で食卓を囲んでいるのに、僕だけ蚊帳の外。
話そうとしてもgenaralで幼稚な話題しか話すことができず、
話さなければ沈黙が続くその場所が恐ろしくなり、
一人食事を済ませて逃げてしまいたかった。

そのことが度々脳裏をよぎり、沈黙や仲間はずれが恐ろしくなって
つい口を閉じてしまう。
結果、会話は相手の話ばかりになるので、
「なぜこんなに上手く話せるんだろう」
「この人の旅行は僕のより楽しそうだ」
と無意識に他人が羨ましくなってしまい、ますます自信がなくなる、
という悪のサイクルができあがってしまっていた。


そんなとき、気付いたことがあった、
昨日、トルコからケニアへ向かうフライトで、
隣りに座ったケニア人の女性がなんと、中国語のテキストを開いて機内で勉強していた。
理由を聞くと、「通訳で仕事があるとか、いろんな外国人と仕事するときに有利って言うのもあるけど,何より、言葉が好きだから」と言う。

そのときに見た彼女がとても輝いて見えて、
それは5カ国語話せるからかっこいい、というわけではなく、
純粋に「好きだから」という理由で勉強する彼女が
とても魅力的に見えた。

仮に僕が知る魅力的な人が海外に出たら、
英語が上手に話せなくても
彼らは上手にコミュニケーションを取るんだろうな。


言語は所詮ツールにすぎない。
話せなくたって卑下したり落ち込んだりする必要はない。
だから新しい場所に足を踏み入れている今、
自分からジャンプしていかないと、得られるもんも得られない。


この記事を書いている最中に読んだ文章が印象的だった。
以下、転載しておく。

貧困と飢饉という環境の中で現在22歳になったウィリアム・カムクァンバが2度目のTEDステージで、彼自身の人生を変えた心を打たれる発明品の話をします。一度EVブログで取り上げたのですが、TEDで翻訳文も掲載されていました。


Why you should listen to him:
ありがとうございます 2年前 私はタンザニアのアルーシャでTEDのステージに上がり 私の一番の自慢である発明品について簡単に話しました 私の人生を変えた単純な装置ですそれ以前 私は マラウィの家から 外に出たことはありませんでした コンピュータを使ったことはなくインターネットも見たことがありませんでした 当日 ステージの上で私はとても緊張していたんです 英語が出てこなくなって 吐きたくなりました (笑) あんなにたくさんのアズングに囲まれたのは初めてでした 白人のことです (笑)前回 話さなかった話があります 今は晴れやかな気分なので 今日はその話をしたいと思います 私は7人兄妹で そのうち男は私だけです これは父と小さかった時の私です 科学の驚異に気がつく前の私は貧しい農民の国にいる― ごく普通の農民でした みんなと同じく トウモロコシを作っていました。ある年 私たちの運命は激変しました 2001年にひどい飢饉に見舞われたのです 5か月もしないうちにマラウィ人みんなが餓死し始めました 私の家族は夜に一度だけ食事をしました みんなでンシマを分けると 3口分にしかなりません 食べても体には何も残らずやせ衰えていきます。

マラウィで中等学校に行くには 授業料を納入しなければいけません 私は飢餓のために学校を中退せざるを得ませんでした 私は父を眺め 乾ききった畑を眺めました そこには受け入れられない将来がありました。私は学校にいられることが幸せでした ですから 私は教育を受けられるなら なんでもやろうという気持ちになりました そして図書館へ行きました 科学系でも特に物理の本を読みました 英語はよく読めませんでした 図解の周りに書かれている言葉を 学ぶために図解や絵を使いましたある本から風車の実用的な知識を得ました その本は風車は水を汲みあげて発電できると書いてありました 水を汲み上げられれば灌漑ができます その当時 見舞われていた― 飢餓への防衛策となります ですから私は自分の風車を作ることにしました でも 材料がありませんでした 私は廃品置き場へ行って 材料を集めました 母を含むいろんな人が 私は狂ってると言いました (笑)

ラジエータファン 緩衝器 ポリ塩化ビニールパイプを見つけました 自転車の車輪と古い自転車の ダイナモを使って 私は 装置を組み立てました 初めは電灯が一つでしたが 4つまで取り付けました スイッチもつけ ある絵を参考に作った― ブレーカーまで作りました 別の装置が灌漑用の 水を汲み上げます。私の家の前には人が列を作り始めました (笑) 携帯電話の充電をするためです (拍手) 追い払うことは出来ませんでした (笑) リポーターもやって来ました それがブロガーへと伝わって それがTEDいうところからの電話に繋がったのです 以前は飛行機を見たことがありませんでした ホテルに宿泊したこともありませんでした だからアルーシャでのステージでは 英語が出てこなくなったのです 私が言ったのは “私はやってみて そして作りました” というようなことです。私のように 夢を追うにも 困窮しているアフリカ人や 貧しい人みんなに向けて 言いたいことがあります 神のご加護がありますように いつか これをインターネットで見ることがあるでしょう 自分を信じてください と私は言いたいです 何が起ころうとも諦めないで ありがとうございます (拍手)
(TEDからの転載)






Wifi、10分しか使えず涙目。

2011/10/11

日本人宿にて




早朝のバスでイスタンブール着。
バスの中では隣りの子どもとお菓子を分け合った。

最近は良い日本人の方と巡り会うことが多く、
カッパドキアでも自称「姫1」「姫2」と呼ぶ女性たちとも出会った。
バルーンが不時着しても楽しそうだったのが印象的。笑




そしてイスタンブールに着き、早速日本人宿「Tree of Life」へ向かう。
チェックインすると宿の説明を管理人の方から受ける。
門限、キッチンの使い方、お風呂の入り方・・
まるで高校生活に戻ったようで、妙な安心感。

ドミトリー式で住む人も気のいい人ばかりで楽しそう。
一泊しかしないけど、とても楽しい時間を過ごせそう。


いよいよ明日はケニア。
タンザニアにも行くことになりました。

2011/10/10

What's your...





何度も聞かれるけど、日本人の宗教って何なんだろうね。
今日もイタリア人と食事していて、


"What's your religion?"


と聞かれ答えに窮す。


Buddist,と言ってしまえば楽なんだけど、
実際は神道と仏教が入り交じった教えを多くの日本人が
無意識のうちに信仰しているんだよね。




日本の宗教
http://ja.wikipedia.org/wiki/日本の宗教




そういえば隣りの韓国のキリスト教信者の割合が仏教より多いとは知らなかった。
30%近い人がキリスト教なんだそうだ。
昨日・今日とツアーが一緒だった韓国人が「キリスト教が多い事が社会問題になってる」と言っていたけど、このことかな。




1992年8月25日 3万組国際合同祝福結婚式 韓国ソウル市 蚕室オリンピック・メーンスタジアムにおいて『世界基督教統一神霊協会』(統一教会)の国際合同結婚式が盛大に行われ、3万625組の信者らによる夫婦が誕生した。当時、日本からも大勢の信者らが参加し、その中には有名タレントなど芸能人やスポーツ選手などもおりマスコミで連日報道されていた。なお、結婚の相手は韓国人教祖の文鮮明の選んだ相手と結婚することが条件で、自分で好きな相手と結婚することは一切許されなかった。当時、統一教会では霊感商法や学業や家庭を放棄して教団にのめり込むなどの強力なマインド・コントロール、またそれによる人格崩壊・精神錯乱などで、各地で社会問題を引き起こしていた。


引用:http://ja.wikipedia.org/wiki/カルト






自分が思っている以上に、イタリアはおろか、
韓国のことさえよく知らなかったようで。。あわわ。


逆に日本のことは彼らはよく知ってる。


京都、こんにちは、東京、ドラゴンボール・・




もっといろんな国のことについて勉強したい今日このごろ。
とりあえず、これからバスに乗るので
いくつかの論文をEvernoteに入れてく。エバーノート便利。











旅人の死。

From Cappadocia


http://ameblo.jp/goooooska/


昨日いつものごとく、Twitterを眺めていると、
とある旅人の訃報が目に飛び込んできた。


僕は面識がないのだが、
友達がエジプトで会ったことがあったり、
同じ世界一周の旅人、ということで
どうしても他人事には感じられずにいる。






つい先日も、今僕が使っているAppleを創業した
スティーブジョブズが亡くなり、
同じ部屋のルームメイトのブラジル人とも彼の話題になった。






いつどこで死ぬかもわからない。






そう改めて思わされた出来事だった。
僕が日本から離れ、海外にいるからといって死にやすいわけではなく、
誰の隣りにも死が存在する。


ジョブズは代表的なスピーチでこう言っている。





 私は17歳のときに「毎日をそれが人生最後の一日だと思って生きれば、その通りになる」という言葉にどこかで出合ったのです。それは印象に 残る言葉で、その日を境に33年間、私は毎朝、鏡に映る自分に問いかけるようにしているのです。「もし今日が最後の日だとしても、今からやろうとしていることをするだろうか」と。「違う」という答えが何日も続くようなら、何かを変えなければならない時期にきているということです。
 自分はまもなく死ぬという認識が、重大な決断を下すときに一番役立つのです。なぜなら、永遠の希望やプライド、失敗する不安…これらはほと んどすべて、死の前には何の意味もなさなくなるからです。本当に大切なことしか残らない。自分は死ぬのだと思い出すことが、敗北する不安にとらわれない最良の方法です。我々はみんな最初から裸です。自分の心に従わない理由はないのです。




僕は必ず死に、それは明日かもしれない。
それともこれから乗るイスタンブール行きのバスで死ぬかも。


そう考えたら、今考えていること、今日あった出来事で嬉しかった事、悲しかった事、いらだった事。
そういうものをちゃんと記録したい、と思った。


最近このブログも過疎化していたし、
思った事を自分にしか伝わらないようにしか書いていなかった。


でも僕はこのブログを、自分にだけではなく、
将来産まれてくるであろう、僕の子どもに見せたいと思う。


僕は親父があのときどんな思いだったのか、あのときどんなことがあったのか。
親父本人に聞くしか術はない。


それでも今は、インターネットというツールがあり、
このブログはサービスが終了しない限り永遠に続くだろう、と思う。


そこで、2011年10月にあった出来事を
子どもにきちんと伝える事ができるよう、
ちゃんとログを残していこうと思います。


というわけで、改めてよろしくお願いします。





























2011/10/08

羨望と期待。

旅が始まる早3日。
楽しい旅が始まり、憧れの@mohidekiさんと出会った事から急転、
どうにもやる気が起きない現象に。


他人の人生が羨ましく思えてしまう。
ネットで見る人も、メールしている人も、
隣りでコーヒーを飲んでいる名も知らぬ人の人生さえも。

親の金で世界一周できて、働くという貴重な経験もできて、
何不自由ない自分の人生に、急に期待できなくなってしまった。


アップダウンが今までになく激しすぎだろう。どうした。笑

2011/10/04

インターンシップ終了のご挨拶


こんにちは。ハマムラです。



2011年9月30日をもって、Akiyoshi India Consultingでのインターンシップを終えました。

ブログを見て頂いた方、2ヶ月間ありがとうございました。


この2ヶ月間、たくさんのことを学ばせてもらいました。
インド人から、駐在員の方々から、そしてAICの皆さんから。

その中でも、ぼくが一番来て良かった、と思うことについて
書き記したいと思います。







簡単に言うと、やりたいことが見つかったんです。


ぼくは、カッコ良く「世界一周!」なんて言ってますが、
所詮、理由は就職活動からの逃げでしかありませんでした。

大学4年の9月になっても、就職する覚悟が決められない。



「ぼくが一生を懸けたいものは何なのか」




それだけをずっと自分自身に問いかけていました。

でも、問いかけているだけで、何も見えなくて
時間だけが過ぎていくばかりでした。

そんなとき、ふと思ったんです。






「世界に出てしまえ」と。



特に理由はありませんでした。
ただ、この凝り固まった思考から抜け出したかったんです。


そうして、ぼくは今、このインドにいます。






インターンシップに参加したのは、これもまた「衝動」でした。

3ヶ月の旅を経て、同じような遺跡巡り、同じような旅人の出会い、
同じような景色。

ぼくは猛烈に、何かを欲していました。
そんなとき目に飛び込んできた、求人情報。


一秒たりとも迷いませんでした。
すぐに応募し、面接を受け合格。




インターンシップの面接は適当に考えて取り付けました。
とりあえず、何かに没頭したかったんです。







インターンシップの日々は楽しかったです。
今まで目を背けてきた自分の無力さと、
今まで出会ったことのない人たちに出会えて、毎日が濃い日々でした。





そこで、ぼくは一人の馬鹿野郎に会いました。
彼はぼくと同じ、インターンシップでインドに来ていて、
長髪がトレードマークの男でした。

彼はどこでも自分の思いを馬鹿みたいに語りました。
彼より一回りも二回りも年上の大人にも、
馬鹿みたいに同じことを熱く語っていました。


ぼくはその姿を見て、

「こいつ、かっこいいな」

と思いました。


彼はまだ学生で、何も結果を残せていません。
彼の夢は全くと言っていいほど、達成できていません。


それでも、彼にここまで「やりたいこと」があることを
とても羨ましく思いました。

そして、彼のように夢を持っている人の力になりたいと
いつしか思っていました。



世の中の成功者と言われる人には、必ず手助けする人がいる、と言われています。

かつて本田宗一郎に藤沢武夫がいたように、
リーダーのサポートをする右腕が「夢の達成」には必要なんじゃないか、と。


特にこれといって、やりたいことはなかったぼくですが、
彼を見ていて、「彼を勝たせたい」と純粋に思うようになっていました。



ぼくは彼のもつ夢のためなら、泥水でも飲むことができる───。



ふと、そう思っている自分が嬉しくなりました。
ぼくはそれまで、やりたいことが特になく、なあなあと生きていたのですから。








自分が悩んでいた答えの一片を、このAICのインターンシップで
見つけることができました。

でも大事なのはここから。まだ、始まりに過ぎません。
気合いを入れて、これからの世界一周の旅も頑張って行こうと思います。

そして、もうインドにインターンシップに来ることはないでしょう。
次は「本番」でやってきます!


今までご覧頂いた皆さん、ありがとうございました。
これからは旅の様子をブログに挙げていこうと思います。

引き続き、どうぞよろしくお願いします。





2011.10.4 濱村拓巳