2012/10/24

なにかを書きたいと思う。

何かを書きたいと思って、ブログを書き出す。
でも、結びはだいたい同じなので、下書き保存して、また書き直す。

また一緒になるから、保存、書き直し。


そうして、下書きだけが増えていく。
そして、この下書きだけが、いまの自分の本音だったりするわけで。

http://www.mocchiblog.com/?p=8575

人によるかもしれないけど、僕は下書きの気持ち、よくわかったなぁ。









2012/10/05

親父。

おれ、親父ってほんとすごいと思うんだ。
最近1人になると、ずっと親父のことを考えている。

20代後半で、会社作って、そのときはwebって何、って時代から、親父はエンジニアでもないのに、webの会社作って。

んで、わからないから、高専の学生に技術を教わって、そして、家族4人養って。

大変だったろうに、ちゃんと休みを取って、父親であり続けた。
母親が病気になったときも、母親を支えて。
借金かかえて、会社潰したときも、俺ら3人をちゃんと学校に通わせ続けた。


すごいことだ。
本当に、すごいことだ。


その親父と、今度仕事をすることになった。
親父がディレクターで、俺が制作。
この機会に、親父からいろんなことを盗もう。勉強させてもらおう。

やっぱり俺は、親父みたいな立派な人になりたいから。


最近

ってか、ここ半年くらい、何ともらしくないというか、だめだなぁ。

その証拠に、いろんな人に心配されるようになったというか。
旅行中も心配してもらったけど、そのときとは違う、もっと、深刻な心配。

おれ、そんなに楽しくなさそうか。


生活リズムも崩れた。
煙草も前より吸うようになった。
食べ物も偏ってきた。
付き合う人たちも変わった。

そして何より、
自分の心の声が聞こえなくなった。

何を考えてるのか、自分でも。

なぜこの場所を求めたのか、何がしたいのか。
それが曖昧なまま、半年が過ぎた。


このままだと、大事なものを失う、そんな気だけがずっとする。

でも、絶対に諦めまいと、誓っている。どんなに失敗続きでも、負けない。決めたことは最後まで。

辛い、逃げたい。
そんな弱い、口先だけの自分から、変わりたい。
ただ、その一心、なのかもしれない。

夜、12時50分、誰もいない公園。
消防車の音と、喘ぎ声がする。














2012/09/24

イメージ

今の状況を打開できなければ上にはいけない。

打開できなければ、何も残らない。

打開できなければ、何も変わらない。



もっといまをイメージしろ。
そして一分後を、一時間後を、一日後を、一ヶ月後を、一年後を


イメージし続けろ。


本能でなんとかなると思うな。
自分にポテンシャルがあると思うな。
自分に、才能があるなんて思うな。


意識して、制御して、


相手がどうされたら嬉しいか、それだけを考え続けろ。

必要なのはイメージだ。


できなければ、何も変わらない。


いいか、何も変えられないんだ。

























2012/08/04

今日

夢を語る人を批判するのは、とても簡単なこと。
一方で、一緒に道歩むのは、とても困難なこと。

俺はどっちになりたいのか。

-------

自分の心を開く、というのは難しい。
心は脆く生ものであるが、「人」を形成する最も大事な部分である。

その弱く繊細なところについて語るには言葉を選び、そして人を選ぶ。


今日、僕は久々に心を開いた。
思っていることを口に出した。
反応が怖くて、話をやめようと思った。
だが、一度開いた扉はなかなか閉じようとしない。
そのうちに納得のしていないこと、ちゃんとは思っていないことまで口走る。
自分で開けて、自分でかき回したのき、心が誰かに荒らされたような気持ちになる。

やっぱり話さなければ良かった、と自己嫌悪になる。


僕は臆病で、そして弱く、脆い。












2012/07/26

あひるの空



あひるの空。

僕の数少ない愛読書のひとつです。
いわゆるバスケマンガ、なのだが、スラムダンクより"人間くささ"に
焦点をあてたストーリー。

読んでいるとあのときの夢の続きを見ているようで、
変に燃えてくる。

さぁ、5分間の休憩もおわり。がんばるぞっ!

2012/07/19

まだまだ、でしょ?

今、21日・22日に向けたイベントに向けてここ数日はなかなか楽しい状態になっているのだが、ふと振り返ると自分の言葉や行動がひどく雑になっていることに気づく。

自分で決めたルールや他人との約束。

それらがすべて、「忙」という言葉によってかき消されていく。

膨大に見える仕事を言われたままにこなし、請け負った仕事の意味・目的を考えずに命令通りに動く。

「自分は決して、そんな能無しな仕事の仕方はしない。」
そんなことを思っていた学生時代。
しかしながら、「忙」というものは思考と創造性をいとも簡単に奪い去っていく。


決して、履き違えてはいけない。
今は仕事をしているのではなく、勉強しているのだ。
お客さまを目の前にした言葉の使い方、ユーザーにとって使いやすいシステム・デザイン、上司から学ぶ仕事のやり方。


そこにある学びの機会をポジティブに見るか、はたまたルーティンなものとして見過ごすのか。

答えは一つ。


もっと気を張って、頑張っていこう。

俺はまだまだこんなもんじゃない。
そうでしょ?

2012/04/08

蛙は諦めてその穴で死んでしまった

下記、為末大さんのツイートから引用。



おはようございます。今日は【批判を先読みする事の危うさ】について

昔Blogを書きはじめた頃に、コメントと言うのでいろいろと批判が来るようになって、それがあんまり心地よくないもんだからそう言われないような話題や意見をピックアップして書いていた。でもそれは何となく心地よくなくて、本当に言いたい相手ではない人のヤジを気にしてしゃべってる感じだった

人目に触れるようになって学ぶのは、こういう人達に話しかけたいと思ってしゃべっていても、それは誰にでもしゃべっている状態になっていて、中にはそれを心地よく思わない人がいるという事。昔のようにわかってくれる人、自分と近い人だけに話しかけるというのは、難しくなる。

当時はsnsなどがなかったから、ある程度パブリックな人間だけの感覚だったのだけど、最近は一般の人もインターネットを介し公の前で自分の意見を言うようになってきたから、これを感じつつある人が増えていると思う。普遍の意見が存在するという事自体が幻想で、意見は常に偏っている

『大丈夫?良い人になっちゃってるよ』そういわれた事があった。その時は世の中の期待に万遍なく答えようとしていて、そうすると非常に平均的で模範的なアスリート像が出来上がる。でもアスリートって職業はどれだけ本来の自分らしく偏れるかが勝負みたいな所があって、バランスを取ると大体弱くなる

批判の多くは偏りを指摘していて、批判を鵜呑みにし続けると偏らない凡庸なポジションでしかいられなくなっていく。でも人が欲しがるのも、突き抜けるのも、ある分野に偏りきって特化したもので、アスリートも完全に良い人が強い事は珍しい。みんな歪で、歪だけどそれが何かというふてぶてしさがある

世の中の安全と危険、いいと悪いの基準は本当はとても不明確。だから何かに突き抜けたいと思っている人はいつも境界線を探っていて、何処迄が許されて何処迄が許されないのかを冒険している。批判を予め予測するというのは、その境界線に近づかないという事でもあって、結局突き抜けにくくなる

二匹の蛙が穴に落ちた。他の蛙が駆け寄ってきてなんとか穴から出られるように応援したけど、どうにも出られない様子を見て、みんな諦めの言葉を口にしはじめた。それが聞こえていた一匹の蛙は諦めてその穴で死んでしまった。もう一匹の蛙はそれでも飛びつつけていつか本当に穴から出てしまった。

【まとめ】みんなが蛙に駆け寄った。だけど、反応が無い。蛙は耳が聞こえなかった。選手は時に周囲の声に耳を傾け過ぎる。人のいう事を聞かなくなるのは危ないけれど、聞き過ぎるのもかなり危ない。少なくとも走ってる最中は耳を塞いでいる方が目標は達成されやすい。



最近、お世話になっている人の言葉から友人の言葉、もっといけば電車で聞こえる言葉まで、心に刺さることが多い。

今の耳の良さは異常だ。
だからこそ、この言葉が突き刺さった。

もしかして、今はいろんなものが突き刺さりすぎてるかもしれないな。


完璧に停滞してる。

2012/04/02

これまでとこれから。

3月10日に世界一周旅行から帰国し、日本に戻って参りました。
世界一周のことを振り返ってもまだいろんな思いが交錯していて、
きちんとまとめられずにいます。

その軌跡をようやく、ちゃんとまとめないといけないなぁ、と思う今日この頃です。


さて、帰国してからどうするの?ということをいろんな人に聞かれます。
が、正直「未定」です。笑

とりあえず、4つの軸でいこうと思います。

・大学に通う
とりあえず卒業と、もやもやしている分野(農業・行動経済学)について勉強したいと思っています。

・WEB制作会社で技術を身につける
立ち上がり間近なWEB制作の会社で働きます。プログラミングできない癖にプログラマとしてjoinする予定。きっとプログラミングの技術以外にも得られる事は多そうです。

・世界一周ノマドプロジェクトの継続
WEB制作を担当していた世界一周ノマドプロジェクト、まだまだやります。代表の成瀬と見えるところまで見に行きます。( http://nomadp.com/ )

・大学の先輩、藤原さんと事業立ち上げ
大学の先輩の事業立ち上げをコアメンバーで立ち上げます。かなりパワーのいる仕事で、お金にはなりませんが、絶対に成し遂げてみせる。詳しくはまた報告できれば。


以上、4つです。
逆に言えば、これ以上のことはやらない1年です。
もう十分、キャパシティ超えていると思うので。笑


ただ、大前提として、大切な人は大切にするという事。

理由は僕が死ぬ間際、「あー大事にできなかったなぁ」と思うのが嫌だから。

もしこれができなくなったら、何もかも捨てるつもり。
今はそういう覚悟でいます。



とりあえず、将来未定(笑)な濱村拓巳ですが、末永くよろしくお願いします。
ブログもちゃんと、更新しようかな。笑

僕は悩んでいる、のコメントについて.

ある深夜、facebookに下記のような事を書いてみた。




-僕は悩んでいる。
僕はいったい何がやりたいのか、ということについて。

10ヶ月間の世界一周から帰国して、まず思った事は
「自分でこれからの決断の責任を取れるようになる」ということだった。
生活費はもちろん、家賃も自分で稼げるように。
そしてこれから2年の間にするであろう、大きな決断のために。

なぜそう思ったのか。それは、この10ヶ月の旅行のみならず、
23年間、すべての費用を両親に負担してもらっていることが大きく関係している。

世界一周と言えば聞こえはいいし、たいそうなことを成し遂げたかのようにみえる。
が、実際は渡航費を除いて現地の滞在費は両親にお願いしていた。
海外のATMからお金が引き出せなくなれば、一通母にメールして振込のお願い。
そのたびに有り難みと同時に、自分の事を自分でやれない情けなさが襲ってきた。

旅行者には何年も稼いでそのお金で、夢の世界一周をしにきている人がいた。
ペルーには生計を立てるために、信号で止まった車の窓を拭き、お金を得ている子どもがいた。
インドには自分の私財を投げうって、一旗揚げようとしてる人がいた。
ウガンダには僕と同い年なのに事業を立ち上げようとしている人がいた。

そういう人たちを見て、僕は何をしているんだろう、と思う。
彼らのように生きるために必死にならず、両親に支援してもらっている。

今までの僕は、自分の事を自分でやれていなかったから、すごく格好が悪かったと思う。

だから自分の事は自分でやれるように、スキルを身につけてちゃんと稼げるようになりたい。
組織やいろんな人に対して価値を発揮できる人間になりたい。

一方で、僕は学生だ。
1年間の休学をしているため、4月から"6年次4年"と一般的な学生とは異なる。
しかも、何も背負うものがなく、自由に挑戦できる立場にある。
僕が何かしたいと言ったときに、様々な人が手助けをしてくれる、と思う。

世界的に見てもそんな数少ない、幸せな立場にいる、今。
自分がやるべきことは、果たして
「自分でこれからの決断の責任を取れるようになる」ことなのか。

もっと無茶したっていいじゃないか、学生だし。
もっと甘えたっていいじゃないか、学生だし。
もっと自由だっていいじゃないか、学生だし。

もう既に一般的なレールからは外れているのに、なぜまた戻ろうとするのか。
なぜまた小さく縮こまろうとするのか。

いったい僕はどこに向かおうとしているのか。
どこに本質があるのか。
何がいったい本質なのか。

・・なんというか、かっこわるいなぁ、自分。







-----------------


まず、予想以上に反響があり驚いた。
こんな独り言に反応してもらい、そして少なからず気遣ってもらっていることに
嬉しさと有り難さを感じています。


そして皆さんのコメントにいろんな思いを抱えながら読ませてもらい、
また今もなお、考えている。






といいつつも、考えるのはどうも苦手だ。
何もできなくなる。


動きつつ、考えないと、何も生まれない。



2012/03/01

サンフランシスコにて

元々の知り合いや現地の方の紹介もあって、
サンフランシスコ楽しく過ごせています。
やはりアイディアを語る場所にいるのは凄く刺激になります。

ただ会って話をすることに意味はありません。
ただ聞いた話を発信することに意味はありません。
そのあと、どういう行動に移しアウトプットができるのか
そこだけに価値があります。

仕事を創れるようにならないといけません。
そのためには自分がそれ相応の技術とインセンティブを持っていないと
本当に来てほしい人は集まってきません。

頑張りましょう。>自分

2012/02/24

安いものはリスクがある。


渡邉美樹会長発言がネット大炎上 ワタミ側は「自殺社員」の労災認定に反論


Twitterでワタミの会長がものすごい勢いで叩かれていました。
何かと思えば、自殺した社員を火種に渡邊会長がいろいろ言っているよう。

この問題に対して、「ワタミに行かない!」という人が急増していました。
おそらく「ワタミ」とtwitter検索すればゴロゴロ出てくるはず。


こういう騒動を見てて、論点とは違うことを思いました。
それは「安さはリスクを負っている」ということ。

僕らは基本的に「安くて、良いもの」が大好きです。
だからスーパーに行ったら、いかに安くて良いものを買えるかと思って買い物に行くし、
車も安くて、良い性能な車がいいはずです。きっと誰しも。

でも現実にはそんなものは本当に少数で、
だいたいの「安い」ものはリスクを背負っています。
壊れやすい、汚い、美味しくない、(サービスが)雑など。

僕がしばらく居たインドなんかは、安い食べ物にはだいたい油が多く含まれていたり、
「何か」が混入していたりするのは普通でした。
移動手段も安いトゥクトゥクを選べば、タクシーより運転が雑だったり、
危険な運転だったりします。
だから良いものが食べたければ、庶民が行かなそうな店へ行ったり、
車を買ってドライバーをつけたりしたものです。(僕はしていませんでしたが)

国の違いもあるじゃないか、と思うかもしれませんが、
基本的な概念としては一緒だと思います。

ただ、日本の場合は大概どれもが良いものだから、
「安いものはリスクを背負っている」ということを認識しにくいのかもしれないと思います。

言ってしまえば、吉野屋の店員のサービスは悪くて当然だし、味も美味しくないのが普通。
100均の商品はすぐ壊れて当たり前。

安いということは、自分がそのサービスや商品にしか投資しないことを言うので、
それ相応のものしか受け取れないということ。
そういうのを認識せずに、吉野屋の店員のサービスが悪い、あそこの商品はすぐ壊れる、とか愚痴を叩いている人は痛い。文句を言うならもっと高いところへ行って良いサービスを受けるべきです。

でも一方でそういう愚痴にきちんと対応して、良いサービスをしよう、良い商品を作ろうとする日本企業は凄いなぁ、と思うわけです。感謝しないと、ですね。

変化のとき。


「日本の震災はどうなってるの?」

これは必ずと言っていいほど、旅行者が外国人に受ける質問です。
そしてこの質問に適切に答えられる人がどれだけいるか。

旅行中、この軽い挨拶程度の質問がかなり苦痛でした。


今の震災の状況を正確に把握しているとは言えませんが、
ニュースで把握している限りだと、
震災が発生した当時よりは復興が進んでいるように思います。
5月に僕がボランティアに行った南三陸町も、きっと綺麗になり、
人々も体育館に非難する事も無くなったでしょう。

しかし未だに地震は続いているようですし、
何より放射能の被害が人々の不安をかなり掻き立てていることを感じます。

以前より食べ物を選ばなくてはならなくなった。
東北から関西に移住してきた。
原発問題の解決に40年かかる。

こんなことを連日ニュースで見ます。
しかも今はtwitterも普及して個人の声が海外にいる僕にまで
届くので、それがニュースよりも更に、リアルに伝わってきます。


僕が離れてから、すっかり変わってしまった日本。
それを外国人に伝えるのは難しいですし、
しかも彼にとって自分が日本代表になるわけですから、尚更下手な事は言えません。

「日本は今もなお大変な状況だけど、頑張っているから応援してね」

こんな当たり障りの無いことを言っていると、
自分がどこかにいる政治家に見えてきます。
しかしこれ以外に、なんと言ったらいいのだろう..

そんなことを考えてしまいます。



今は変化のときなんだと思います。
個人の生き方も、学校も、企業も、国も。
そういう変化を見据えつつ、自分自身はどうあるべきなのか。

やりたいことをやるというのは如何にもそうですが、できることなら
この変化に乗じて、より多くの人に良い変化を与えたいと考えてしまいます。

バズワード


バズワード、と呼ばれる言葉があります。
定義は以下。



今で言えば、「ノマド」「コワーキング」「シェア」といったところでしょうか。
昨年は「ソーシャル」、一昨年は「ベンチャー」、
ずっと前は「グローバル化」とかそういう実体をつかんでいるようで
つかんでいないもののことを言います。
勿論、これらは僕の周りで話題になった言葉をあげているので、
人によって周りにある言葉は違います。


最近ネット上でこういう言葉を見かけて、議論している人を見るたびに、
話題を欲しているんだなと思うと同時に、
本質的な価値を見いだし続ける事が大事だな、と思わされます。

上記に挙げたような言葉が流行るのには
需要があるから流行るわけなので、
人々は話題を欲しているんだなと思います。

毎年新たな言葉が流行るのは面白いことですが、
本当に大事な事は何年、何十年、何百年経ってもきっと変わりません。

「幸せに生きる」とか「大事な人を大切にする」とか、そういうこと。

そういうのを毎年流行る言葉に惑わされずに、
何歳になっても本質的な価値を見据え続けたいですね。
本質的な価値を理解できている人は、事あるごとにブレることはないし、
成果を出し続けることができるんだと思います。


しかしかく言う僕ですが、「世界一周ノマドプロジェクト」という
バズワードだらけのプロジェクトをやっています。笑
今が旬の話題ばかり集めているせいか、予想以上に注目度は高い気がしています。

しかしプロジェクトの本質はバズワードを広める事にありません。
海外で活躍する人々の価値観や生き方を通して、
読者へ今のライフスタイルを見直す一つのきっかけになればと思い、やっています。
そうやって、一人ひとりが生き方を見つめ直し改善していけば、
幸せになる人が増えるんじゃないかと。

僕はそう考えるわけです。

キャリア。


John F Kenedy空港です。
これからNewYorkからSanfranciscoに飛びます。
いよいよ、最終目的地となりました。


今日はバブソン大学という、Bostonの外れにある大学に行ってきました。
友人の出身校ということもあり、MBAを専攻している方にお会いして来ました。
そこで思った事を綴ります。


■自分の選んだキャリアでしか勧められない
海外に出て、全く知らない人と出会う機会がぐっと多くなりました。
それは自分でアプローチしていることもそうだし、
自分の事を知らない環境に常にいるということもそうです。

そこで僕はただの大学生なので、初めて会う人がキャリアについて
どう考えているか、注意深く観察するようになりました。


そこでなんとなく、見えてきたのは
自分の歩んできたキャリアを勧める人が多いという事。

日系大企業に務めたことがあるなら、日系大企業を。
外資に務めたことがあるなら、外資を。
教師になったことがあるなら、教師を。
ベンチャーなら、ベンチャーを。
若いうちに起業した事があるなら、若いうちの起業を。

理由としては二つあり、
一つは自分が経験した事だから自分が一番わかっているという事、
二つ目は今の自分があるのは、今のキャリアがあるおかげだと信じているという事。

すごく理にかなっているし、その本人が語るので説得力があります。
でも僕は、そういう人の話は話半分に聞くようにしています。


■自分の頭で考えろ、という人を信頼する。
人それぞれ考えがあるので、言う事も十人十色です。
僕は特に流されやすい方なので、話を聞くと納得して
「よし、その方向でやっていこう」と考えてしまいがち。
長所であれ、短所であると考えています。

しかし一方で、何もsolutionを提示せず、
思考の種を出すだけで話が終わる方もいます。

「俺はこう考えて、これを選んだ。」

で終始する人たち。
僕はこういう人を信頼したいなぁ、と思っています。
そういう人たちの話は自然と僕の価値観に影響を与えています。
なぜでしょうね。

もしかしたら、自分の助言する事への危険性みたいなもの、
自分で考える事の重要性を理解しているからかもしれません。
他人の人生がどうなろうと、責任は取れないですから。


こんなことを今日会った人も含めて思いました。
まだ将来が未定な僕ですが、自分の頭で考えて納得のいく決断ができればと思います。


2012/02/21

はーばーど。

今、ハーバード大学の横のカフェでブログを書いています。
横には物理の難しそうな本を読んでいる学生が勉強中。
なんだか絵になる。

ハーバードに入って卒業するのがどれだけ難しいかわからないせいか、
憧れもなければ、魅力も感じないわけですが、なぜか今はここに。

一見は百聞にしかず、とも言うしとりあえず来てみたわけです。
しかし考えてみれば、ハーバード大学の学生と言えど
自分と同じように世界旅行ができている人というのは、きっと少しなんでしょう。
そういう意味で、ここにいる誰よりも貴重な経験ができているかもしれません。


そういえばここ最近、会う人に「どこ行って来たの」と聞かれて、
アジア、アフリカ、ヨーロッパ...と答えていると
本当に自分が世界を回って来たんだな、、と感じます。

この目で世界を見てきた
というカッコいい言葉は、いかにも本当なわけです。ううむ。


まぁそんな自分自身をカッコいいと思う事は一生ないです。
懐かしむ事はあっても、この流れるような日々に戻りたいと思う事は無いと思います。
自分で生計を立てられるようになって、10年くらいして
そのときの暮らしに飽きたら、また旅行したいと思うかもしれませんが。


今はただひたすらに努力して、勉強して、自分の理想に少しでも近づきたい。
まだ「日本人で大学生の濱村拓巳」なので、そこからもっと成長しないといけない。
成長スピードが日本人のままでは駄目。


ここが同年代の集まる大学だからでしょうか、負けじと頑張ろうという気持ちが湧いてきました。よし、行こう。

2012/02/18

パーティにて、


昨夜はニューヨークで開かれたパーティに行って来ました。
運良くプレゼンする機会をもらい、ちょろっと世界一周の体験も踏まえて
感じた事、みたいなものを話しました。
意外にも好評だったらしく、どこかに掲載されるそうです。動画と写真など撮られたのでよくわかってないのですが。。
プレゼン終わった後に一転、名刺を渡す方から名刺を渡される方になったので、面白いなぁ、と思いながらあっという間に時間が過ぎていきました。

最近、ちょっと気分が落ちていたので、嬉しい出来事でした。
もっと勉強して頑張ろう。

2012/02/14

ネットとの付き合い方を変える。

ネットとの付き合い方を変えることにしました。

今まで、twitterは垂れ流し、youtubeも見る。
特にそこには制限無くやっていましたが、
振り返るとかなりの時間を浪費している事にようやく気付きました。
いつの間にか数年前とネットとの付き合い方が変わっている。
ずっと前は「調べたいことがある時だけ利用する」ネットだったのに、
今では「朝起きたら開き呆然と情報を見続ける」という
受け身な付き合い方になっていました。
我ながら、気持ち悪いと思いました。


ということで、とりあえずtwitterのフォローを400ほど外し。
影響を受けたいと思う人だけフォローするようにしました。
友人も外しましたが、嫌いになったとかそういうのではないのでご安心を。

あとはyoutube。
これはアニメもおもしろ動画も全て見ないことにしました。
時間をただ無駄にするだけで、たいして勉強にならないので。


すると、ネットと自分の付き合い方がすごく変わってきました。
すごく良い。ようやく、という感じか。


きっかけは、
「凡人がしていることを諦めないと、いつまでたっても凡人のままだよ」
との言葉を頂いたからです。

僕が行きたい場所って、凡人じゃ到底辿り着けない場所。
そのために、ちゃんと勉強しようと決めたわけです。
頑張りまっしょい。

無題

最近、すごく悩んでいる、と思う。
会う人によって言っている事が、二転三転したり。
自分のやっている事がよくわからなくなって、何も手に着かない日があったり。

世界一周も終盤を迎えて、
いろんな人から「会おう、楽しみにしてる」と言われて
すごく嬉しい反面、そんな面白い話ができるか、がっかりさせたらやだな、と変に不安になったり。

日本との時差があわず、こういうことを話したい人とも話せずに、
吐き出すところが無く、ただ呆然と不安のままでいる感じ。


こういう気持ちになる事が1ヶ月に1回はやってくるので、
なんとかしないとなぁ、と思う日々です。



はー、何をやってるんだろう、自分。
月曜日のお昼なのにさ。

2012/02/01

とある女の子と話をして。

「濱村さんって大事な事をさらっと言いますよね」

と、たいそうな言葉を後輩の女の子から頂いた。
その女の子は僕と同じ、旅行中の女の子。


この言葉、彼女は褒め言葉として言ってくれたのだが、
なんともまぁ、自分にとっては皮肉でしかなかった。



自分が想像している理想の姿に対して、
それに対する努力はおろか、
当たり前の事すらできていない今の自分。

そんな自分が"大事な事をさらっと言う"という偽の自分を
気取っている事に強い後ろめたさを感じる。
本当の自分は、まだまだ未熟な自分だ。


かっこつけるなよ、と。
魅力的な自分であろうとすることにこだわるなよ、と。


ただひたすらに、努力を重ね
小さなことにも全力で。




強い自戒を込めて。

2012/01/31

トレッキングまとめ


特に考えもせず、4日間のトレッキングを申し込んでしまいましたが、
すごく良かったなぁ、と個人的に思っています。

■大自然を見れたこと。
ヨーロッパは割とどこにでも人がいて、
大自然を見る、ということはなかなかありませんでした。
そこで、南米では自然を堪能しようと決めていました。

マチュピチュへ行くまでの3日間、
ローカルの人たちの生活や、
山に生息する動物たち、
高所でも美しく咲く花、
圧倒的なまでに雄大な山々、
そして見た事の無いほど綺麗な星空。

そういう場所に身を置けたのは、すごく良かったなと。
喧噪から離れて、自分が大切にしたいものについて
考えることができたし、
旅をして得た自分の心境の変化、みたいなものも
静かに考えることができたんじゃないかと思います。


■友達。
トレッキングを通してたくさんの友達ができた事。
旅を長くしていますが、本当に心の底から笑える外国人の友達って、
実は割と少ないんです。
語学という点もそうだし、その国に滞在する時間も短かったりと
せっかく出会えてもとても仲良くなる、ということは難しかったりします。

だからこのトレッキングで、そういう冗談が言い合えるほどの友達ができたのは
凄く良かったなぁ、と。
みんなとまたどこかで会いたいですね。
彼らが日本に来るときはもちろん、いろんなところを紹介してあげたいですね。



というわけで、大満足のトレッキングでございました。
自分の頭の整理のために書いていたので、わかりにくいところあったかと思いますが、
読んでくださった方々、ありがとうございました。

こんなに日々の出来事を書き留める、ということはあまりしないのですが、
今回はなんか、形に残しておこうと思って1時間ちょっとで書いてしまいました。
それほど、楽しかったんでしょうね。笑

重ねて、お付き合いありがとうございました。
残りの1ヶ月もよろしくお願いします。

4日間のトレッキングを終えて(4)


さぁ、マチュピチュです。

■4:00AM
起床。
ささっと準備をして、外で他のメンバーと待ち合わせます。
朝早いこともあって、外は真っ暗、雨がしんしんと降っています。

朝から雨に濡れながら、トレッキング開始です。


■5:00AM
マチュピチュに行くには、バスと歩きの2パターンがあります。
僕らはもちろん後者。

でも、これがかなりきつい。
今までに無いほどの急な坂を朝っぱらからぜーぜーと登ります。
最後の日だと嘗めてた僕は、重いバックパックを背負ってきていたので
ダウンを脱いでTシャツ一枚で登ります。

このTシャツは大学の友人が書いてくれたもの。
着ると力がみなぎるのですが、日本人が多く居るところでは
かなりの精神的なダメージを与えかねないTシャツとなっています。笑


■5:30AM
ひたすら登ります。
止まって、小休憩して、登って、というのを繰り返しても良かったのですが、
あくまでずっと足を動かして登り続けました。

ここで止まったら、今まで積み上げてきたものを失ってしまいそうだな、と。
トレッキングと僕自身の人生を無意識に結びつけながら、
絶対に止まるまい、と登り続けました。


■6:15AM
マチュピチュ到着。
Spentherも到着して、二人でガッツポーズ。
疲れてたけど、よく頑張ったね。


■6:30AM
さて、早速マチュピチュツアーが始まります。
が、朝早かったのと疲れで眠りそうになる..笑
ガイドしてもらったのに、ほぼ記憶がありません。笑


■10:00AM
ワイナピチュからマチュピチュを眺めようということになりました。
Spentherはあいにくチケットを持っていなかったので
僕だけ行くことに。

しかしワイナピチュもまたかなりの急斜面で、登るのも一苦労。
でもそれ以上に、便意とTシャツへの恥ずかしさのほうが
疲労より遥かに勝っていました。笑
おならしながら登ったから、後の人は大変だったろうな・・苦笑


■11:00AM
登り、記念写真。
なかなかの眺めでございました。


■11:30AM
下山。
日本からツアーで来ている方々がいたので、
日本の飴をもらったりしてしばしの歓談。
このミルクキャラメルとか、なつかしすぎて。笑


■12:00AM
Spentherと、途中で仲良くなったあきひろくんと
マチュピチュをぶらりと散歩した後、バスでホテルまで帰宅。

--割愛--

■1月30日深夜2:00AM
クスコの街に帰宅。
途中で電車が3時間遅れたりと、さんざんでしたが、
無事に帰ることができました。
Spenther、お疲れさま。

4日間のトレッキングを終えて(3)


さて、3日目です。

■6:30AM
起床。
朝起きるとペチャクチャ音がするので、テントの外で
誰か早朝からSEXでもしてるのかな、とドキドキしていると
すぐ側でぶたがRobinのピーナッツを漁って食べている音でした。笑

みんな同じような事を思っていたらしく、
「fucking pig..」と当のRobinは悔しがっていたのを
皆で笑っていました。

■8:00AM
出発。
本当は7:30AM出発のはずが、イタリア人のPhillipoの準備が
遅いおかげでこんな時間に。
「まったくphillipoはー」と皆で許せる雰囲気が心地が良かった。


■10:00AM
この日はなだらかな道を歩くので、それほど疲れませんでした。
MarcoやElick、ノルウェー人のMariと他愛のない映画の話をしたり、
PhillipoとChristalが泥に落ちるのを笑ったり、楽しく歩いていました。


■1:00PM
昼ご飯。Philippoが持ってきた縄跳びで皆で遊びます。
レストランの中に飾ってあった韓国人のポスターを見て、
「Takumiがいるぞ!」と言うので、同じポーズをして遊んでいました。笑


■2:00PM
さて、いきなりやって来たお別れの時間。
実はSpentherと僕は4日間のトレッキングで、
他の人たちは5日間だったのです。

というわけで、お別れ。
みんなにメールアドレスを書いてもらって、
一緒に写真を撮って、お別れの挨拶。

"I was glad to see you. I miss you."

僕の中で、I miss you、は結構軽く使う事が多かったのですが、
このときばかりは、本気でそう言っていたと思います。
それほど、彼らと過ごしたこの時間はとても楽しかったのです。

居残りたい気持ちを抑えて、またSpentherと歩き出します。


■4:00PM
サンタテレサまで向かう電車の線路をSpentherと歩きます。
彼は僕より重い荷物を持っていたので、彼の分まで背負って痛み分け。

途中、激流の川を下る鶏を見て笑ったり、
Awesomeな崖を見て、小休憩したり。
Spenther、辛そうだったけど、よく頑張ったね。


■6:00PM
ホテルに到着。3日ぶりのシャワーが気持ち良くて仕方がない。
心無しか、鼻が日焼けして赤くなっている気がしました。
少し顔が変わったかな?


■8:00PM
夜ご飯。
いつものメンバーとではなく、新たなメンバーとの夕飯だったので
なんだか落ち着かず。名前はわからなかったけど、
遠くからにらめっこして遊んだりして、とても良い人たちな気がしました。(単純?w)


■10:00PM
就寝。
同室のSpentherとポテチを食べながらちょっと話をして、寝ました。
明日はとうとう、マチュピチュ。

4日間のトレッキングを終えて(2)


■5:00AM
起床。
実は浅い眠りで1時間ごとに目が覚めていました。
しかし昨日の筋肉痛は特になく、今日は元気に歩けそうです。


■6:30AM
ガイドのMarcoから今日の予定を説明。
今日は5時間登り、5時間下るというハードなスケジュールだそうです。
周りを見渡すと、嫌な顔や疲れた顔をしている人は誰もいません。

みんな、このトレッキングを楽しんでいるようでした。
こういう雰囲気がすごく良い。
このメンバーでなら、良い景色が見れそうだと、
今日も頑張る気になりました。


■9:00AM
ひたすら登ります。
今日はなぜか、先頭集団についています。
昨日の登りでだいぶ足が慣れて、きついはずの登りもなかなかスムーズです。

しかし、昨日先頭集団だったノルウェー人のRobinの調子がおかしい。
どうやら高山病で頭痛になってしまったようです。
あんなにタフだった彼が高山病になってしまうとは、なんとも恐ろしい。

その話を聞いて、同じくノルウェー人のPaulからもらった
高山病の薬をサクッと飲んだのは言うまでもありません。笑


■11:00AM
今回のHighest Pointに到着。4600m級の山です。
でもその横には6800m級のサルカンタイが大きくそびえます。

そこで皆と集合写真を撮ります。
「ジャパニーズはこういうスタイルで撮るんだろ?」と
みんなでピース。皆良い顔をしています。

もっと頂点を堪能したかったのですが、
汗が冷えて身体が寒くなってきたので、早々に下山します。
ガイドのMarcoから現地の人々が自然を崇拝している事、
インカの歴史などを教えてもらいました。


■2:00PM
ひたすら下山します。
滑らかな山道に散らばるのは、馬の糞。
5歩歩けば糞が見つかるような道を小降りの雨の中下ります。

きっと、僕の靴はおろかジーンズは
糞だらけになっていたでしょう。。笑


■2:30PM
雨が強くなり始め、メガネが雨で見えなくなります。
それを見たLaureが「その様子じゃ糞か石か区別がつかないでしょ?」と
彼女の帽子を貸してくれました。ありがたい。


■5:00PM
長かった下山も終わろうとしていたころ、
後方を歩いていたLaureとStephが姿を消しました。
どうやら迷ってしまったよう。

ガイドのMarcoは先に行ってしまっていました。
参ったな、、と彼女たちを待っていると、
アメリカ人のAaronが下ってきた坂を登って
彼女たちを探しに行きました。
ヘトヘトで疲れて待っていた僕らとは違い、
自分の疲労も顧みず探しに行った彼はとてもかっこよかった。

結果、彼女たちは無事見つかって
目的地にたどり着くことができました。


■7:00PM
休憩中。
コーラを売店で買って飲んでいるとChristalを発見。
彼女に早速、コーラを恵んであげると、
「What's a great moooooment!!!」と
すごく喜んで飲んでくれるので、たくさんあげてしまいました。
彼女がいると、場がとても明るくなります。


■7:30PM
さぁ、夕飯の時間。今日はチキンシチューでした。
みんなで食卓を囲んで美味しくいただきます。
こういう、食卓を囲んでご飯を食べるということが
一人暮らしの長い僕にとって幸せな事のように思います。


■8:30PM
食べ終わり、StephからMafiaゲームをやろう!との提案。
Mafiaゲームとは、下記。

・役割の書かれた紙を人数分配る。
・役割はmafia, doctor, detective, citizen。
・3人がmafiaで、その1ターンで指名した誰か1人を殺せる。
・1人がdoctor,その1ターンでマフィアが殺そうとした人を守れる。
・1人がdetective、その1ターンで指名したマフィアを殺せる。
・あとの人はcitizen。サクラの役割を果たす。

全部で3ゲームやったのですが、うち2ゲームまで
ルールを理解できないまま殺されていました。笑
「Takumiは理解できてないから、早々に殺してしまおう」という
暗黙の了解があったんだよ、とアメリカ人のspentherに教えてもらいました(くそ..


■10:00PM
就寝。
今日も昨日と同じテントで、Elickと寝ます。
Elickは寝相が悪く、気付いたら顔が近くにあって驚く事もしばしば。笑

こうして2日目が終了。
靴下が臭くなってきました。笑

4日間のトレッキングを終えて(1)


'I'm glad to see you!!'

こんな片言の英語をどれだけこの4日間で使ったことか。

今はペルー、クスコ。
旅行者はほぼこの街を介してマチュピチュへと向かいます。
僕もまた、この街からマチュピチュへと出発しました。


1月26日
■4:00AM。
集合時間の4時半ギリギリまで、友達とSkypeしながら
WEB制作をしていたのでトレッキングの準備は特急で。
この準備を怠った事でどれだけ後悔したかは、、後ほどお伝えしましょう。笑


■5:00AM
バスへ乗り込み、スタート地点まで移動。
睡眠時間が短かったので、バスの中で爆睡していました。


■8:00AM
スタート地点に到着。指定のレストランで
朝食をグループで一緒に食べます。
このとき、実は英語を使うのはかなり久しぶりでした。
1週間ずーっと、ホテルに籠ってWEB制作していたので、
人との会話はほぼ無かったのです。

だから、久々に使う英語にやや緊張。
でもアメリカ人のLaureが優しく話しかけてくれて、
一気に緊張ほぐれて、他のメンバーとも楽しく会話していました。


■9:00AM
食べ終わって、さぁ出発です。
軽く自己紹介した後、ガイドのMarcoが案内してくれます。

メンバーは総勢11人で、アメリカ、イタリア、ノルウェー、
オーストラリア、チリ、日本といろんなところから来ていました。
Marco曰く、こういうツアーに参加する日本人はなかなかいないらしく、
グループの参加が多いのでなかなか絡めないんだよね、と言っていました。
まぁ、日本人に限らず中国や韓国でも同じような風潮がある気がします。


■11:00AM(ここから時間が適当になってきます。笑)
トレッキング、そういえば経験はありませんでしたが、
なんとかなると思っていました。

思っていました。


・・そんなことありませんでした。笑
序盤は楽かな、と思えば2500m級の山を割と早いペースで登ります。
標高が高く空気も薄いので、ぜーぜー言いながら必死についていきます。
しかし、今回のメンバーは日常的にswimmingとかrunnningとか
運動している人ばかりで、僕のように籠ってPCいじってる人はいませんでした。

というわけで、圧倒的不利。笑


■2:00PM
ランチ休憩。
ブーツを履いた鶏を眺めながら、狭い食卓に皆で座ってご飯。
決して豪華ではなかったけど、
運動をした後の食事はいつだって美味しい。
このとき、ノルウェー人のPAULが持ってきたウサギの毛皮で作られた
帽子が面白くて皆で被りながら遊んでいました。


■2:40PM
休憩も終わり、再スタート。
オーストラリアから来たStephと話しながら登ります。
彼女は看護士で3ヶ月の旅行中。
そのうちの2ヶ月間、ペルーの病院で働いていたそうです。
すごく英語が上手で聞き取りやすい上に、スペイン語も上手です。

彼女と移民について話をしたり、日本語を教えたりしていました。

「オーストラリア人は定義しにくいのよ」と彼女は言います。
それは第二次世界大戦以降、イタリアや日本、韓国、中国など移民が多いため。
僕は日本に22年間住んでいたので、そういう幼い頃から
他の文化と触れ合うのはすごく良いなと思っています。

あまりに同じ文化に浸りすぎると、それ全てが
自分の世界だと思ってしまうような気がするからでしょうか。


■4:30PM
さぁ、そろそろきつくなってきます。笑
なだらかな上り道に急な坂のコンボが2時間ほど続くとは、
12時間前の自分は想像ができたでしょうか。

休憩の回数も多くなりつつ、ようやく宿泊場所に到着。
へとへとで草むらに倒れ込みました。
このときは、何も言えないほど疲れていました。


■7:00PM
夜ご飯の時間。
いろんな国の人が参加しているので、
早速イタリア人のChristalを中心にスラング大会へ。笑

日本語の「BAKA」「UNKO」を教えると
思いのほか皆覚えが良く、このあとのトレッキングでも
僕に向けてずっと言い続けてきた人もいました。笑


■9:00PM
明日は5:00起き。
歯を磨こうと外に出ると、そこには満天の星空。
そういえば、ここは標高3400mの高山でした。

今まで見たことのないくらいの星空に
言葉通り、息をのんだ。
8ヶ月以上、旅をしてきましたが、
こんな景色を見れるとは夢にも思わず。

来て良かった、と1日目にして思いました。


こうして1日目が終了。
思った以上に長くなってしまいました。。
というわけで、続きも書こうか。

2012/01/26

おでき?


アフリカに入ったあたりからだろうか。
身体のあちこちで、おできのような膿が発生するようになった。
今も上唇の上のほうが、若干腫れている。

体調的に全く問題はないのだが、
二カッと笑えないのがちょっと痛い。笑

帰ったら病院に行かないと、だな。

スペインにて。


スペイン、マドリッド空港での出来事。

直前にチケットをキャンセルし取り直していたこともあり、
その日は念のため早めに空港へ向かった。
いつも通りチェックインカウンターでチェックインを済ませようとすると、
何やらカウンターのお兄さんの様子がおかしい。

どうやら英語を話せないらしく、
スペイン語でずっと話しかけてくる。
”ごめん、スペイン語は話せないんだ”と言っても、
稚拙な英語の中に絶妙にスペイン語を織り交ぜて
見事に何を言っているかわからない。

かなり大事な事を言っているようだったので、
聞き返すとスペイン語で返答。まじで参ったw

結局、お兄さんと通訳としてスタッフ2人が協力して
僕のチェックインを行う事に。
いつもは5分とかからず終わるチェックインが30分かかり、
ゆっくりする時間もなくなってしまった。

カフェでゆっくりするつもりだったのに..と思いつつ、
チェックインを終え、TaxFreeへ。
ここで友人のために買ったプレゼントの税金を受け取るのだ。
が、ここでもトラブルが。

どうやらTaxFreeの証明書にPostOfficeの印鑑が必要で
税金分のお金を渡すことができないとのこと。(しまったー..)

しかし気になったのは内容より、それをスペイン語でずっと話されたこと。

ここでも"英語でお願いします"と言ったにも関わらず、だ。
しかも向こうもイライラした口調で言われたので、
ちょっと頭にきてしまった。(が、その後甘いものを食べて怒りを抑えた..)

まぁ、僕のミスだから仕方ないんだけど
首都のマドリッドの玄関でこんなに英語が話せない人が多いとは驚いた。
アラビア語のエジプトでもこんなことなかったのになーと。


問題はどこにあったんだろうね。
スペイン語を話せない僕にあったのか、
英語を話せない彼らなのか、
それとも、紙とか使ってコミュニケーションすれば良かったのか。

言葉の通じない国に行くと、だいたいいつもこんな感じで考えさせられる。
むずかぴーな。

2012/01/11

新年


新年あけましておめでとうございます。
既に活動は開始していましたが、
このBlogでの報告が遅くなってしまいました。

年越しはParisの凱旋門でした。
なんだか派手な響きのように聞こえますが、
周りのカップルが年越しと同時にちゅーするのを眺め、
暴れ回る若者集団を警官隊が駆逐するのを、
ワインを飲みながらぼーっと見ていただけ、でした。笑


そういえば、帰国まで2ヶ月を切りました。
3月10日に帰国の予定です。

日本に帰ったら
お世話になった方々に挨拶をして、
ラーメン食べて、
おじいちゃんの家でぐうたらして、
新生活の準備して...
と考えていたら、徐々に帰国への実感がわいてきました。

あっという間だった、8ヶ月。
今までお世話になっていた方から名も知らぬ人にまで
助けてもらい、こうして無事に旅が続けられています。

2012年はどうなるんでしょう。
全く先の見えない未来が、なんとも魅力的に映ってしまいます。
人生楽しみ。

お世話になっている方もこの拙いブログを見て頂いているという事で、
これからも欠かさず?綴っていこうと思います。
改めて本年もよろしくお願い致します。




Londonにて。
濱村拓巳